2018年12月8日土曜日

【時習26回3-7の会 0734】~「松尾芭蕉『猿蓑集 巻之五〔第34回〕』」「11月21日:ヤマザキマザック美術館『浅井忠と近代デザイン』展を見て」「11月22日:東京都美術館『ムンク展 ー 共鳴する魂の叫び』→国立西洋美術館『ルーベンス展 ― バロックの誕生』→ナカジマアート『堀文子展 2018 … 現在(いま)~100歳を迎えて~』を見て」「11月23日:愛知大学豊橋キャンパス 大学記念館『平松礼二画伯 特別展覧会/日本画から世界画へ』を見て」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回3-7の会 0734】号をお届けします。
 今日最初にお届けするのは、『猿蓑』〔巻之五〕連句集の通算〔第34回〕目。
 其れでは「春の部」の〔第7回〕、「冬〔初時雨〕→夏〔夏の月〕→秋〔きりぎりす〕→春〔梅若菜〕」の全144句の第133句~136句をご覧頂きたい。
「春〔梅若菜〕」の連句全36句の第25句目~第28句の4句をご覧下さい!
 
  猿蓑集 巻之五
 
133 小刀(こがたな)の蛤刃(はまぐりば)なる細工(さいく)ばこ  ()(1)
 
【意】細工箱の中には蛤刃の小刀がある
【解説】蛤刃は、鎬(しのぎ)と刃との間に貝殻の蛤(ハマグリ)の様な膨らみがある刃物 / 失恋の隠喩
 又は、鈍く丸くなった刃 / 鈍いなまくら職人の身 と転じて詠んだ
 上記二つの解釈に拠り、全く違った趣になる
〔参考〕「いつまでか蛤刃なるこがたなのあふべきことのかなはざるらん」(七十一番句合)
(1)山岸半残(1654-1726):伊賀国上野の人 / 藤堂藩士 / 松尾芭蕉の姉の子 / 字(あざな)は棟常 / 通称は重左衛門
 
134 (たな)に火()ともす大年(おほとし)の夜(よる)  園風
 
【意】―
【解説】道具箱から、大工道具を取り出して神棚を吊る大工の棟梁 / 年末の煤(すす)払いの情景として詠んだ
 季語:「大年」=
 
135 こゝもとはおもふ便(たより)も須磨(すま)の浦(うら)  猿雖
 
【意】此処は流人の身の須磨の浦 / 何の想う便りも来ない
【解説】前句の棚に明かり付ける人を「須磨の浦に侘びている都人(光源氏の様な‥)」として詠んだ
『源氏物語』須磨の巻の「波ここもとに立来る心ちして云々」に拠る /
 須磨に「すまぬ」と言いかけた句づくり

136 むね打合(うちあわ)せ着()たるかたぎぬ  ()

【意】肩衣の前の部分を合わせて夜着として着る世捨て人の貧しさヨ
【解説】裃に使う肩衣(かたぎぬ)を、前を合わせて夜着として着る程に前句の世棄て人の生活は貧しいと詠んでいる
 
【小生comment
 次回は、連句集の通算〔第35回〕目、「春の部」の〔第8回〕、全144句中の第137句~第140句、「春〔梅若菜〕」の連句全36句の第29句からの4句である。
 お楽しみに!

■続いての話題は、1121()は、仕事で昼から名古屋へ出張。
 其の帰途、新栄町にある ヤマザキマザック美術館 にて開催中の『浅井忠(1856-1907)と近代デザイン』展 並びに 常設展 を見て来た。
 浅井忠は、黒田清輝(1866-1924)、藤島武二(1867-1943)、岡田三郎助(1869-1939)より1013歳年長で、明治時代初めから中頃にかけて活躍した日本洋画界の第一人者。
 彼の作品は、いずれも「流石だ!」を唸らせる傑作が数多あり、小生は大好きな日本人洋画家の一人である。
 
[01]ヤマザキマザック美術館の前にて1


[02]同上2
                  
[03]本企画展 leaflet


[04]浅井忠『グレーの柳』1901年〔京都市美術館〕
                  
[05]浅井忠『編み物』1901年〔京都国立近代美術館〕

[06]浅井忠『少女立像(巴里にて)1900年〔東京国立博物館(高野コレクション)
                  
[07]浅井忠『グレーの放牛』1901年〔同()

[08]浅井忠『ベニス』1902年〔同()
                  
[09]浅井忠『白川村』1905年頃〔同()

[10]浅井忠『琵琶湖』1906年〔同()
                  

【常設展/撮影OKの絵画】
[11]エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)『書斎にて』1927-28

[12]シャイム・スーティン(露→仏 1893-1943)『ふしのある木』1920-21
                  
[13]モーリス・ユトリロ(仏 1883-1955)『サンノアの風車』1910

[14]モディリアーニ(伊 1884-1920)『ポール・アレクサンドル博士の肖像』1909
                  
[15]ジュール・パスキン(ブルガリア:Jules Pascin 本名 ユリウス・モルデカイ・ピンカス 1885-1930)『椅子に座る女』制作年不詳

[16]ラウル・デュフィ(1877/1953)『グッドウッドの競馬場』1930-35
                  

【常設展cornerにあった作品/Postcards
[17]ヴュイヤール『アネモネと静物』1906

[18]アルベール・マルケ(1875-1947)『巴里 ルーヴル河畔』1906
                  
[19]キース・ヴァン・ドンゲン(1877-1968)『花』1931

[20]同『オレンジ・サングラス』制作年不詳
                  
[21]ロダン(1840-1917)『ジャン・ド・フィエンス裸像』「カレーの市民」のうちの一体

[22]豊橋に戻り綺麗なココラアベニュー の電飾の前に
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

■続いての話題は、1122() 東京にある勤務先の取引銀行2行に中間決算報告並びに案件説明をする為に上京した。
 1400分迄に2行目への説明を終えて、上野にある東京都美術館へ向かった。『ムンク』展を見る為だ。
 
1455分 東京都美術館着

【東京都美術館『ムンク展 ― 共鳴する魂の叫び』】
 あまりにも有名なノルウェーの画家エドヴァルド・ムンク(Edvard Munchムンク(1863-1944))の『叫び』が見たくて東京都美術館に足を運んだ。
 平日にも関わらず、東京都美術館は大変混雑していた。
 今回来日したムンクの代表作であるオスロ美術館所蔵の『叫び』は1893年制作とされるが、彼は此の『叫び』は複数あることでも知られている。
 勿論、『叫び』と名付けられた作品群の中でも、今回の展示作品が最も有名である。
 因みに、彼は此の作品を制作した頃から「統合失調症」の症状が出て来たそうである。

[23]取引銀行2行の直ぐ傍にある monument の前にて

[24]東京都美術館前の本企画展看板前にて
                  
[25]同美術館内の本企画展看板前にて

[26]本企画展leaflet
                  
[27]エドヴァルド・ムンク(ノルウェー : Edvard Munch 1863-1944)『夏の夜、人魚』1893

[28]同『マドンナ』1895/1902
                  
[29]同『ダニエル・ヤコブソン』1908-09

[30]同『叫び』1893
                  
[31]同『家壁の前の自画像』1926

[32]同『二人、孤独な人たち』1933-35
                  
[33]同『皿にのった鱈の頭と自画像』1940-42


 次に向かったのが、東京都美術館から徒歩数分の所にある国立西洋美術館。
『ピーテル・パウル・ルーベンス(蘭: Peter Paul Rubens 1577-1640)展 ― バロックの誕生』を見る為だ。

1545分 国立西洋美術館着

【国立西洋美術館『ルーベンス展 ― バロックの誕生』】

 フランドルの画家ルーベンスは、バロックと呼ばれる壮麗華美な美術様式で一世を風靡した17世紀欧州を代表する画家。
 彼は大工房を構えて作品を量産、同時代以降の画家たちにも大きな影響力を持った画家。
 本企画展は、バロック美術の中心であったローマとルーベンスの関係に spot を当てている。
 ルーベンスとイタリア・バロック美術の関係をイタリア・バロックの芸術家等の作品と共に展示して関係を明らかにしていく趣向である。

[34]国立西洋美術館の本企画展看板前にて
                  
[35]同美術館内の本企画展看板前にて

[36]同美術館敷地内にあるフランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダン(仏: François-Auguste-René Rodin 1840-1917)『考える人〔拡大作〕』1881-82年 の前にて
                  
[37]ロダン『カレーの市民』1884-88年 の前にて1

[38]同上2
                  
[39]本企画展 leaflet

[40]同『キリスト哀悼』1612年頃
                  
[41]シモン・ヴーエ『聖イレネに治療される聖セヴァスティアヌス』1612

[42]同『聖アンデレの殉教』16
                  
[43]同『クララ・セレーナ・ルーベンス の肖像』1615-16

[44]ルーベンス派の画家『ネッソスとディアレイア』17世紀中葉
                  
[45]ルーベンス 『ローマの慈愛(キモンとペロ)1610-12

[46]同『豊穣』1630年頃
                  
[47]同『エリクトニウスを発見するケクロプスの娘たち』1615-16

[48]ルーベンス『マルスとレア・シルヴィア』1616-17
                  

1647分 ナカジマアート着
 
【ナカジマアート『堀文子展 2018 … 現在(いま)100歳を迎えて~』】
 本年0702日に満100歳を迎えた堀文子氏は現在もご壮健だと伺っている。
 拙宅の玄関には2015年にナカジマアートで購入した堀文子『名もなき草達』が掲示してある。
 其の絵は、次号《会報》【0735】号でご紹介するのでお楽しみに!(^-‘)b
 因みに、此の『名もなき草達』の原作品は名都美術館が所蔵しており、現在、碧南市藤井達吉現代美術館の展覧会に展示されている。
 因みに小生、最近10年程はナカジマアートから毎年此の時期に開催され、案内通知が届くので極力見に行っている。

[49]ナカジマアートの入口にて

[50]ナカジマアートから送られて来た今回の企画展の案内の postcard /絵は『山茶花』
                  
[51]堀文子『山茶花』

[52]同『キブシの咲く小径』
                  
[53]同『桜』

[54]同『菜の花』
                  
[55]同『コウショッキと海』

[56]同『くさ木』
                  
[57]同『燈台草、センノウ、ネコジャラシの紅葉』

[58]同『霧氷』
                  
[59]同『冬山にジョウビタキ』

[60]同『牡丹』
                  

1703分 ナカジマアートを出てから、銀座並木通り、数寄屋橋と歩いてJR有楽町駅へ
 
[61]銀座並木通り1

[62]同上2
                  
[63]数寄屋橋1

[64]同上2
                  
[65]数寄屋橋の電飾にて


1833分 東京発のひかり527号→
1957分 豊橋着
2040分 帰宅〔了〕

■今日最後の話題は、1123() 愛知大学豊橋キャンパス 大学記念会にて開催されていた『第2回 名誉博士 平松礼二画伯 特別展覧会』を見て来た模様についてお伝えする。
 氏の略語は以下の通り。

1941年 東京生まれ愛知県育ち / 現在、鎌倉市在住
1961年 愛知県立旭丘高等学校美術科卒
1965年 愛知大学法経学部卒
1977年 創画展 創画会賞 春季展賞 受賞〔1988年迄出品〕
1979年 第1回 中日大賞展 大賞 受賞
2002年 薬師寺 天井画 / 当麻寺 天井画 制作
2006年 多摩美大教授退任 客員教授に / 了徳寺大学長就任〔〜2008年〕

 12時半に会場である 愛知大学豊橋キャンパス 愛知大学記念館に到着。
 そうしたら lucky なことに、平松礼二氏本人が自身の作品を前に学生達を中心に丁寧な解説をしてくれていた。
 氏は、自身の作品(日本画)を制作する際には、(‥聴き取り間違いがあったら御容赦頂きたいが‥) (1)装飾性、(2)様式美、(3)遊び心 の3点を意識して制作している」と仰っていた。
 確かに氏の作品には、写実性が base にあるが、氏の original な「装飾性」「様式美」「遊び心」が見える。
 小生、昔から平松氏の作品は大好きである。

[66]愛知大学豊橋キャンパス研究棟前の本展看板横にて
                  
[67]同大学記念館前にて

[68]本展『第2回 名誉博士 平松礼二画伯 特別展覧会』leaflet
                  
[69]本展図録

[70]自身の作品前で解説される平松画伯1
                  
[71]同上2

[72]平松礼二『ドーバーを望む』
                  
[73]同『飛騨の秋(岐阜)2005

[74]『空に向かう睡蓮』2016
                  
[75]本企画展に展示された月刊誌『文藝春秋』の表紙絵の原画一覧

       200001-201012月迄担当

[76]平松礼二氏の絵が表紙の月刊誌『文藝春秋』
                  
[77]月刊誌『文芸春秋』表紙絵の平松礼二に拠る原画1『四万十川』20016月号

[78]同上2『愛鯉図(熊本)20055月号
                  
[79]同上3『伊良湖岬』200510月号()・『月と薔薇』20097月号()

[80]同上4『モネと睡蓮』20094月号()・『モネの池・夏』20007月号()
                  
[81]同上5『早い春(北海道)20083月号()・『名古屋城』20031月号()

[82]同上6『早春譜(日本)20092月号()・『信濃にて』20023月号()
                  
[83]同上7『飛翔(日本)20091月号()・『朱鷺』200212月号()

[84]平松礼二『モネの池に桜』2001
                  

 1966(昭和41)05月 中日劇場が開場。
 緞帳の絵は、中村正義、杉本健吉、加藤東一氏等の作品に続き、2001(平成13)年 平松氏の此の絵が制作された。
 今(2018)03月 同劇場閉場後は、愛知大学が引き取り、tapestry に加工して、名古屋キャンパス本館1Fと豊橋キャンパス大学記念館2Fに展示されている。

【後記】先日(1114) 名豊ギャラリーへ『朝倉勝治』展を見に行ったことは前《会報》【0733】号にてお伝えした通りである。
 其の際、ご壮健な朝倉先生にお会いしたが、今日仕事から帰って郵便ポストを見たら、其の朝倉先生から、来館御礼の postcard が届いていた。
 其の postcard には『70周年記念示現会展 / 岸壁に抱かれた聚落 / 朝倉勝治』とある。
 因みにに添付写真[87][88]は朝倉先生との two shots 1114日に撮影したもの。

[85]朝倉勝治先生から頂戴した postcard

[86]同上 絵画面
                  
[87]朝倉勝治先生との two shot 11114日名豊ギャラリーにて【再掲】〕

[88]同上2
                  

【小生comment
 先生から来館お礼の postcard を頂戴したことは、望外の喜びである。
 では、また‥〔了〕

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