2018年1月1日月曜日

【時習26回3-7の会 0685】~「2018年の年頭にあたって」「12月26日:『時習26回生ミニミニ同期会』開催報告」「12月29日:『大学弓道部第17・18・19代合同ミニ同窓会』開催報告」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回3-7の会 0685】号をお届けします。
 2018年も引き続き【時習26回3-7の会】を宜しくお願いします。
 年頭にあたり、小生の心境を、数ある小生の好きな漢詩の傑作の中から、一つ陶潜(陶淵明(365-427))の「飲酒」をご紹介して挨拶に代えたい。

  飲酒   /  酒を飲む
 結盧在人境 / 盧(いおり)を結んで人境(じんきょう)にあり
 而無車馬喧 / 而(しか)も車馬(しゃば)の喧(かまびす)しき無し
 問君何能爾 / 君に問う何ぞ能()く爾(しか)るやと
 心遠地自偏 / 心(こころ)遠ければ地()自ずから偏(へん)なり
 采菊東籬下 / 菊を采()る東籬(とうり)の下(もと)
 悠然見南山 / 悠然として南山(なんざん)を見る
 山気日夕佳 / 山気(さんき) 日夕(にっせき)に佳()
 飛鳥相与還 / 飛鳥(ひちょう) 相(あい)(とも)に還(かえ)
 此中有真意 / 此の中(うち)に真意あり
 欲弁已忘言 / 弁(べん)ぜんと欲して已(すで)に言(げん)を忘る

【訳】隠遁して質素な庵を人里に構えてている
 それなのに(=)車馬の喧騒は聞こえて来ないのだ
  「どうしてそんなこと(=静かに暮らすこと)が出来るんだ?」(と君から聞かれたら)
  「心が(世俗から)遠く離れていれば、住む土地も辺鄙な所になるんだ」(と答えるヨ)
 (折しも菊花満開の季節で)菊花を東の籬(=まがき)で採り
 悠然(=心ゆったり)として南山(=廬山)を眺めるのだ
 山は靄(もや)が棚引く(=山気)夕暮れ(=日夕)時が実に素晴らしく
 飛ぶ鳥たちが一斉に塒(ねぐら)へと却っていく
 此の何気ない情景(=58句で示された世界)の中にこそ人生の真実があるのだ
 此の人生の真意は何ぞやと述べようとすると、途端に説明する言葉を忘れて仕舞う

【解説】「飲酒」は全20首の連作で此の詩は5首目
 第10句「欲辨已忘言」は、『荘子』の「魚(うお)を得て(せん(魚を獲る道具))を忘れ、意を得て言を忘る」を踏まえる。
 『老子』にも「言う者は知らず、知る者は言わず」とある。

【小生comment】此の詩は大好きな詩である。
  「第58句で花鳥風月の世界で俺様は生きている」この情景こそが人生の「真意」なんだ。
  「この『真意』を説明しようにも言葉が出て来ないヨ / 知りたかったら俺と同じ生き方をしてみなヨ!」という矜持を示している。
 実に共感出来る名詩である。
 小生も、近未来的にはこの陶潜の様に余生を生きて行きたい。

■師走は実に忙(せわ)しい。
 小生の勤務先が関わる、今正に「三河湾の埋立事業」と「駅前再開発」が始まった。
 再開発事業では、今月後半から本格的なビル取壊しが始まる。
  「飲酒」と同じ陶潜の名句である「雑誌/其一」の最後の句「歳月不待人」の言葉通りである。
 次にご紹介するのは、1226()夜、開催した時習26回生とのミニミニ同開会の模様についてである。
 其の日、産学官の集いが豊橋駅前のホテルアークリッシュ豊橋であった。
 其処で会った小中高の同級生、伊藤K祐君【3-4】と、其の集いが終了してから同じホテルの15階で、久しぶりに旧交を温めた。
 楽しいひとときであった。
 最近、小生、落ち込むことが多かったが、その日は同じく時習26回生の波田野君【3-8】(=彼とは【1-4】のclassmateでもある)とも会って旧交を温めることが出来た。
 二人に心より感謝したい。

[01]伊藤君とのtwo shot1

[02]2
                  
[03]3

 
■続いては、1229()正午より、名駅南1丁目にある舞鶴館にて、大学弓道部時代の我等が同期第189人と、1年先輩第173人、同じく1年後輩第196人の計18人が集い、ミニ同窓会を開催した。
 当日は、バルト三国の一つEstoniから1年先輩のS先輩と、北海道室蘭市から同期の2人が中部国際空港から直行して集まってくれた。室蘭市からの同期生H君は初参加である。
  「室蘭からの彼が出るなら、開催時間帯が正午であり日帰りも可能だからボクも参加するヨ」と長野市からも同期生M君が初参加してくれた。
 将又、一年後輩のM君が大学卒業以来同窓会に初参加してくれ、3人が初めて此のミニ同窓会に参加してくれたのは万年幹事としてはとても嬉しかった。
 正午~14時迄の2時間はあっという間に過ぎ、会場の温かい配慮で15時近く迄歓談することが出来、実に楽しいひとときを過ごすことが出来た。
 名残惜しい10名余りは、二次会を名鉄グランドホテルの11回の喫茶店で行った。
 次回開催は、今夏7 or 8月 小生の地元豊橋で開催する予定である。

[04]会場の舞鶴館外観1
                  
[05]2

[06]参加者18人‥その1〔最初3人が初参加で、2枚ずつ写っている〕
                  
[07]同‥その2

[08]全体写真1
                  
[09]2

[10]二次会でのsnap-shot
                  
 
【後記】今日の締め括りは、年末の1228日に Facebook up した小生の大学弓道部OB射会での snap shotと、大学3年次に取得した参段位の免許状、同じく3年次に獲得した表彰状をご紹介する。

  今は昔の物語‥‥
 先刻、会社を終え帰宅した後、年末の整理をしようしていたら、懐かしい写真と免状・表彰状を見つけた。
 写真は、昭和55年春に行われた名古屋の不老町にある大学弓道場でのOB射会でのsnap shot小生は向かって左端〕。
 小生の大学の流派は、尾張藩の日置(へき)流尾州竹林派。
 日置流尾州竹林派と言うと、星野勘左衛門 の京都・三十三間堂〔121m〕通し矢の話が著名。
 尾張藩士で日置流尾州竹林派の星野勘左衛門茂則(1642-96)が、1662(寛文02)0528日、京都三十三間堂で総矢数10,025本中、通し矢6,666本を記録し、紀州藩士で日置流紀州竹林派の吉見台右衛門の記録を破り彼にとって一回目の天下一となった。
 1668(寛文08)年、紀州藩士葛西園右衛門が、総矢数9,000本中、通し矢7,077本を達成し、星野の記録を破った。
 1669(寛文09)0502日、星野茂則は再度記録に挑戦、総矢数10,542本中、通し矢8,000本で葛西の記録を破り再び天下一となった。
 この記録を達成した時は、51日の暮六つ〜翌0502日正午、残り約6時間となったところで余力を残して打ち切ったと云う。

[11]昭和55年の大学弓道場で開催されたOB射会での模様

[12]昭和516月の昇段試験で獲得した参段位の免許状
                  
[13]昭和517月 母校の大学で開催された第25回東海地区国立大学体育大会で個人優勝した際の表彰状


 では、また‥〔了〕

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