2018年3月25日日曜日

【時習26回3-7の会 0697】~「松尾芭蕉『猿蓑集 巻之四 春〔第7回〕』」「03月15日:フォレストホール『五嶋龍の violin 独奏/ヤープ・ヴァン・スヴェーデン指揮 New York Philharmonic の演奏会』」「03月17日:『深川芭蕉庵関連史跡と6つの美術館・企画展』を巡って〔第1回〕」


■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回3-7の会 0697】号をお届けします。
 今日最初の話題は、『猿蓑』〔巻之四〕『春』の〔第7回〕目をお届けする。
 今回は、巻之四『春』の、発句全118句のうち第75句~85句についてである。
 では、どうぞ‥

【 松尾芭蕉『猿蓑』〔巻之四〕『春』〔第7回〕】

   猿蓑集 巻之四

  高山に臥(ふし)て〔つづき〕

75 帋鳶(たこ)(1)(きれ)て白根(しらね)が嶽(たけ)(2)を行衛(ゆくえ)(かな)  加刕山中桃妖

【意】凧の糸が切れて、白根が岳の方へ向かって遠く行方も知らない所へ飛んでいって仕舞ったヨ
【解説】「白根」と「知らね」をかけている
(1)紙鳶:たこ/凧のこと
(2)白根が嶽:加賀国の白山
(3)桃妖:「奥の細道」の旅中、芭蕉が山中温泉で宿った泉屋の主(あるじ)、久米之助/
 芭蕉が桃妖の俳号を与えた/宝暦元(1751)年没(享年76)/元禄04年の作ならば作者16歳の作品

76 いかのぼりこゝにもすむや潦(には(=)たずみ)(1)  伊賀園風

【意】雨上がりの空に凧が上がっている/ふと地上を見ると、今の雨で出来た水溜りにも写っている
【解説】―
(1)(にわたずみ):水溜まりのこと

77 ()の影(かげ)やごもく(1)の上(うえ)の親(おや)すゞめ  珍碩

【意】陽射しが眩しい春の昼下がり/塵芥の上を親雀がヒョンヒョンと軽やかに渡っている
【解説】『不玉宛去来論書』(元禄0703月成立)に、去来は此の句について、「二三子笑テ曰、此只事也。発句ト云ガタシ。翁聞レ之曰、二三子ノ此句ヲ笑ハ、イマダ此場ヲ不レ踏也」と記し、軽みの句の例として解く
(1)ごもく:塵芥(じんかい/ちりあくた)

78 荷鞍(にくら)ふむ春(はる)のすゞめや縁(えん)の先  土芳

【意】縁先に繋いだ馬の荷鞍に雀がチョコンととまっている
【解説】―

79 (やみ)の夜()や巣()をまどはして(1)なく鵆(ちどり)  芭蕉

【意】漆黒の闇夜/千鳥の悲しげな鳴声がする/あれはきっと巣を見失って行き場を失って泣いている千鳥に違いない
【解説】元禄04年春の作品/【季語】(鳥の)巣‥「春」/衛(チドリ)‥「冬」、水鳥の巣‥「夏」とも考えられるが此処では「春季」とする
(1)()をまどはして:巣が分からなくなっての意/「夕さればさほの河原の河霧に友まどはせる千鳥鳴くなり」紀友則(拾遺集)を踏まえるか

  越(1)より飛騨へ行とて、籠のわたり(2)のあやう(=)きところどころ、
  道もなき路にさまよひて

(1)越:越中国
(2)(かご)のわたり:藤づるなどを渡して荷物などをそこを滑車のように滑らせて渡川する危険な箇所
 
80 (わし)の巣()の樟(くす)の枯枝(かれえ)に日()は入(いり)ぬ  凡兆

【意】そんな山中の夕暮れに大きな鷹の巣が樟(クスノキ)の枯れ枝に作られているのが見える/そこに陽が沈んでいった
【解説】此句の季語は鷲(=)の巣‥「春季」

81 かすみより見えくる雲のかしら哉  伊賀石口(1)

【意】かすみが消えて雲の頭が見えてきた
【解説】―
(1)石口:作者石口については詳細不詳

82 ()や待(また)ん餘(あま)り雲雀(ひばり)の高(たか)あがり  杉風

【意】雲雀(ヒバリ)は自分の巣の上空で囀る/だから、高い所で囀っているので、地上の巣の中の雛たちは親雲雀の帰りを待ちわびていることだろう
【解説】―

83 ひばりなく中(なか)の拍子(ひょうし)や雉子(きじ)の聲(こゑ)  芭蕉

【意】雲雀が囀る春の日、その鳴声の間に合いの手を入れるかの如く雉子の鋭い鳴き声が入って拍子をつけている/此れも長閑(のどか)な春の一情景‥
【解説】元禄02年春の作/『芭蕉句集』では元禄03年の作とする/02年ならは江戸に於ける作、もし03年なら伊賀上野での作か

  芭蕉庵のふるきを訪(とふ)

84 菫草(すみれぐさ)小鍋(こなべ)(あらひ)しあとやこれ  曲水

【意】芭蕉庵を訪ねたが、跡形もない/菫(スミレ)だけが咲いている/芭蕉翁はこの辺りで小鍋を洗ったのかしら?
【解説】曲水は膳所藩の役目として江戸在勤/芭蕉旧庵の模様は、元禄030926日付、芭蕉宛曾良書簡にある/
 この話は、『嵯峨日記』四月廿二日の条に「乙州が武江より帰る侍るとて、旧友門人の消息共あまた届。其内曲水の状ニ、予が住捨し芭蕉庵の旧き跡尋て、宗波に逢由」として、「昔誰小鍋洗(あらひ)し菫(すみれ)草」とある
 
85 木瓜(ぼけ)(あざみ)(たび)して見()たく野()はなりぬ  江戸山店

【意】時は春/野原では、ボケに実がなり、アザミの花が咲き出した/こうも陽気がよくなると旅がしたくなるものだ
【解説】―

【小生comment
 猿蓑「巻之四/春」も、残す処、33句となった。
 次号《会報》以下もお楽しみに!

■続いての話題は、0315()の話。
 其の日は、仕事を終えてから名鉄電車で名古屋・金山のフォレストホールへ、五嶋龍の violin 独奏/ヤープ・ヴァン・スヴェーデン指揮 New YorkPhilharmonic の演奏会を聴いて来た。
 出発の際、豊橋駅で、時習26回生の兵藤君【3-9】とバッタリ!
 彼とは、20146月「卒業40周年記念懇親会& in 京都」で会って以来の再会だったけど、Facebook の友達なので直ぐ解った。
 指揮者のヤープ・ヴァン・スヴェーデン(1960.12.12- )は、オランダAmsterdam生まれ/ジュリアード音楽院でヴァイオリンを学ぶ。
 19791995年 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサート・マスターを務め、その後指揮者に転向。
 2018年からNew York Philharmonicの音楽監督に就任。
 本コンサートの演奏曲目は以下の3
1.ワーヘナール(1862-1941)(蘭・Organist)作曲/序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」‥〔演奏時間 : 15分〕
 此の曲は、ベルリオーズの曲風に、R. Strauss の華麗な orchestration が施された様な煌びやかな名曲だった。
 恥ずかし乍ら小生、此の曲を今日初めて聴いたが、直ぐに大好きな一曲になった。
2.メンデルスゾーン作曲 / Violin Concerto in e minor op.64 〔演奏時間 : 35分〕
 五嶋龍の violin 独奏 / ヤープ・ヴァン・スヴェーデン指揮 New York Philharmonic
 五嶋龍の独奏 violin は透き通る様な美しい音色で優れた技量の演奏は圧巻だった!
 此の曲は、Nazis 政権下のドイツでも、ユダヤ系のメンデルスゾーンの名前を伏して演奏され続けたドイツ人の誰もが愛する名曲。
 因みに、五嶋龍が使用し violin は、1722年製のStradivariusJupiter」。
3.ストラヴィンスキー作曲/ 春の祭典 ‥〔演奏時間:34分〕
 スヴェーデン指揮 New York Philharmonic
 此の曲は、1913/05/29 に初演された20世紀現代音楽の古典の中でも最高傑作の一つと断言出来る。
 Paris のシャンゼリゼ劇場で名指揮者 ピエール・モントゥー指揮による初演には、サン=サーンス、ドビュッシー、ラヴェル等の錚々たる顔ぶれが揃っていたという。
 因みに、初演の評価は散々だったというが、初演された1913年は、Paris4回、London4回の計8回演奏されたが、2回目以降は特段scandalは起きなかった。
 191404月、初演と同じParisChamps Élysée劇場で指揮者も同じピエール・モントゥーの指揮で行われ大成功し、この曲は楽曲としての確固たる地位を確立した。
 小生、ストラヴィンスキー作曲「春の祭典」の生演奏は、2013/11/14 サイモン・ラトル指揮ベルリンP.O. の演奏を聴いて以来だった。
 此の曲は、序奏「リトアニア民謡 "Tu mano seserėle(私の妹よ)" を基に fagotto の高音域のイ調独奏で始まる。
 数分後、「春のきざし(乙女達の踊り)」が弦楽器を中心に同時に力強く鳴らされる、同じ和音の連続とアクセントで凄く魅力的なphraseだ。
 傑作の名演奏だったので、あっという間に、ゾクゾク・ワクワクする、いい意味で緊張が連続した至福の全 34分間が過ぎ去った!
 スヴェーデンの指揮は、名盤の誉れ高い、G. ショルティ指揮 Chicago S. O. や、S. ラトル指揮Berlin P.O. の演奏に匹敵すると言って良い的確で聴いていて気持ちがいい指揮振りだった。
 演奏時間34分間というのは、平均より若干遅めと言えるが、冒頭のfagottoから始まり、弦楽器群や金管群の秀麗で切れ味の鋭い躍動感ある演奏は素晴らしかった。
 その日の4曲目となる encore曲は、R. Wagnerのワルキューレの騎行(Ride of the Valkyries)』だった。
 此の曲は、楽劇 『ニーベルングの指輪』の第一夜 楽劇『ワルキューレ』の第三幕の前奏曲で、勇壮な曲想は誰もが知っている名曲だ。
 至福の1時間半を過ごすことが出来て嬉しかった。

[01]フォレストホール入口にて

[02]本演奏会leaflet

                  
[03]本演奏会program Violin 独奏者 五嶋龍 & 指揮者 ヤープ・ヴァン・スヴェーデン( Jaap van Zweden) & New York Philharmonic

[04]ズェーデン指揮/New Philharmonic : 来日公演 schedule programs
                  
[05]演奏会終了後 lobbyに掲示されていた「encore曲」案内看板の前にて


■今日最後の話題は、去る0316() 2325分豊橋駅前発の夜行バス、関東バス「新宿・豊橋ほのくに号」を初めて利用し、『深川芭蕉庵関連史跡数か所と6つの美術館・企画展を見て来た。
 内容が豊富なので、「深川芭蕉庵関連史跡と美術館2館ずつ、本《会報》から夫々3seriesでお伝えして行く。
 17()に訪れた史跡と美術館&企画展名は以下の通り。
 森下駅→八名川公園→「深川神明宮」→「霊巌寺」→尾車部屋→「萬年橋」→「深川・芭蕉庵跡=芭蕉稲荷神社」→「正木稲荷神社」→「芭蕉庵史跡展望公園」→「江東区芭蕉記念館」
 東京都美術館『ブリューゲル』展→国立西洋美術館『プラド美術館』展→三菱一号館美術館『ルドン』展→国立新美術館『ビュールレ・コレクション』展→山種美術館『桜・サクラ・SAKURA』展→中村屋サロン美術館『新恵美佐子』展
 それでは、「深川芭蕉庵関連史跡と美術館巡り」3seriesの〔第1回〕をご覧下さい。

0316()
23:25 豊橋駅前発→東名高速→

[06]到着した高速夜行バス「ほのくに号」の前にて
                  

[07]行き先が【新宿】であることを確認


0317()
0525分 新宿バスタに到着

[08]バスタ新宿からJR新宿駅を望む
                  

0537分 京王線新宿駅発→〔都営新宿線〕→
0554分 森下着

 天気はいいけど、気温は摂氏04度! 寒い。
 森下駅を出て、八名川公園の横を通り→深川神明宮を訪れた。

[09]八名川公園


[10]深川神明宮の解説板

                  
[11]深川神明宮

[12]伊東深水生誕地の解説板
                  

 美人画で有名な日本画家 伊藤深水は、この深川神明宮 門前で生まれた。

 続いて向かったのが霊巌寺。
 今回の主訪問地ではないが、誰もが知っている 寛政の改革 の推進者 松平定信(1759-1829)の墓があるというので立ち寄った。
 彼は、八代将軍吉宗の次男田安宗武の七男、即ち吉宗の孫として生まれ、久松松平家の庶流 陸奥白河藩藩主となった。

[13]霊巌寺門前にて

[14]霊巌寺 解説板

                  
[15]同寺入口にある 松平定信墓石碑にて

[16]同寺境内にある 松平定信廟前にて
                  
[17]松平定信の墓

[18]同墓の解説板
                  

 霊巌寺を出てから、西へ100m程行くと 臨川寺 がある。

[19]臨川寺


 此の寺は、芭蕉が深川・芭蕉庵在住時代世話になった仏頂禅寺所縁の寺である。

 以下、仏頂禅師の略歴と臨川寺の成り立ち、及び芭蕉と仏頂禅師との関係について記す。

【仏頂禅師の略歴と臨川寺の成立ち】
 寛永19(1642)年 仏頂禅師(1642-1715)は常陸国に生まれた
 慶安03(1650)( 08) 冷山禅師が住職を務める鹿島 根本寺に入山。
 明暦元(1655)(14)春 諸国の名僧との出合いを求めて旅に出た。
 延宝02 (1674)(33) 冷山和尚から根本寺を受け継ぎ、21世住職就任。
 同年、嘗て徳川家康寄進の根本寺の寺領50石が鹿島神宮に取り上げられていたことを不服とし寺社奉行に訴え出た。
 この時の江戸の寓居が、承応0(1653)年 根本寺前任住職冷山和尚が深川大工町に結んだ臨川(りんせん)庵。
 天和02(1682)(41) 幕府への勝訴後、仏頂禅師は寺領返還後、頑極禅師に住職の座を譲り、根本寺を離れた。
 元禄08(1695)(54) 臨川庵を寺とすべく幕府に請願。
 正徳03(1713)(72)「臨済宗妙心寺派 瑞甕山臨川寺」の山号寺号の許可が降りた
 開山:仏頂禅師の師 冷山禅師 / 臨川寺が創始された

【芭蕉(1644-94)と仏頂禅師との関係】
 芭蕉の俳号を付ける前迄、芭蕉は桃青と名乗ったが、その名付親は仏頂和尚である。
 延宝08(1680)(芭蕉36)冬 芭蕉が江戸市中から深川の草庵に移った。
 丁度この頃、仏頂禅師と芭蕉が運命的な出会いを果たした。
 鹿島神社と係争中の仏頂禅師は江戸深川の臨川庵に寓居し、此処へ芭蕉は参禅する日々を送ったという。
 芭蕉と禅師との交わりは、禅師が係争に勝訴する迄の1年半程の間とされ、丁度この頃より、芭蕉の作風は「佗(わび)」の詩情が色濃く投影される様になっていった。
 貞亨04(1687)0814日 芭蕉は、曽良、宗波と共に鹿島詣での旅に出て、根本寺山内に閑居する仏頂禅師と観月のひとときを過ごした。
 芭蕉は、遥々月を見に来たのに、月光、雨音等の情景に感動し句を詠めない心情等を「鹿島紀行」に記している。
  更に、奥の細道 でも、(仏頂和尚山居跡 元禄020405)にて以下の様に記されている。

 当国雲岸寺のおくに、 仏頂和尚山居跡あり。

  竪横の五尺にたらぬ草の庵 むすぶもくやし雨なかりせば

 と、松の炭して岩に書付侍りと、いつぞや聞え給ふ。

 其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば、人々すゝんで共にいざなひ、若き人おほく道のほど打さはぎて、おぼえず彼麓に到る。
 山はおくあるけしきにて、谷道 遙に、松杉黒く苔したヾりて、卯月の天今猶寒し。
 十景尽る所、橋をわたつて山門に入。
 さて、かの跡はいづくのほどにやと、後の山によぢのぼれば、石上の小菴岩窟にむすびかけたり。
 妙禅師の死関(しかん)、法雲(ほううん)法師の石室(せきしつ)を見るがごとし
 と、とりあへぬ一句を柱に残侍時
 
  木啄も庵は やぶらず夏木立
  (きつつきも いおはやぶらず なつこだち)

 と、とりあへぬ一句を柱に残侍し
 次に向かったのが、小名木川に架かる萬年橋である。
 其処へ行く途中、大相撲の元大関琴風の 尾車部屋 の前を偶然通った。

[20]尾車部屋
                   

 以下、深川芭蕉庵関連史跡の模様は〔第2回〕として、次号《会報》にてお伝えするのでお楽しみに!

■続いては、東京都美術館『ブリューゲル』展と、国立西洋美術館『プラド美術館』展についてである。

1100  東京都美術館着

【東京都美術館『ブリューゲル~画家一族150年の系譜~』展】
 16世紀フランドルを代表する画家、ピーテル・ブリューゲル1(Pieter Bruegel the Elder)
 彼の画家としての才能は、息子のピーテル・ブリューゲル2(Pieter Bruegel the Younger)、ヤン・ブリューゲル1(Jan the Elder)、更に孫・曾孫の代迄の約150年間に亘って優れた画家を輩出し続けた。
 本展は、private collectionを中心に厳選された約100点が展示されるが、その多くが日本初公開となるもの。
 
[21]東京都美術館前にて

[22]同美術館内にて
                  
[23]本企画展leaflet

[24]マールテン・ファン・ファルケンボルフ(1534-1612) & ヘンドリク・ファン・クレーフェ(1525-1590/95)『バベルの塔』1580年頃
                  
[25]ヤン・ブリューゲル1(1568-1625) & ルカス・ファン・ファルケンボルフ(1535/36-97)『アーチ状の橋のある海沿いの町』1590/95年頃

[26]ピーテル・ブリューゲル2(1564-1637/38)『鳥罠』1601
                  
[27]アブラハム・ブリューゲル(1631-97)『果物の静物がある風景』1670

[28]ピーテル・ブリューゲル2世『野外での婚礼の踊り』1610年頃
                  

 今日二つ目に訪れた美術館は、同じ上野公園にある国立西洋美術館。
 
1150  国立西洋美術館着

【国立西洋美術館『プラド美術館~ベラスケスと絵画の栄光~』展】
 本展は、世界屈指の美の殿堂として知られるプラド美術館の、ディエゴ・ベラスケス(Diego Velazquez(1599-1660))の作品7点を中心に、17世紀絵画を約70点展示する。
 1819年に開館したプラド美術館は、Velazquezの現存する120点の作品の約4割を所蔵している。
 今日は、その中からVelazquezの作品3点と、Anthony van Dyck Bartolome Esteban Murillo の作品を1点ずつご紹介する。
 
[29]国立西洋美術館前にて

[30]ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)『東方三博士の礼拝』1619
                  
[31]アンソニー・ヴァン・ダイク(1599-1641)『レガネース侯爵ディエゴ・フェリペ・デ・グスマン』1634年頃

[32]ディエゴ・ベラスケス『王太子バルタサール・カルロス騎馬像』1635年頃
                  
[33]ディエゴ・ベラスケス『ファン・マルティネス・モンタニェースの肖像』1635年頃

[34]バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-82)『小鳥のいる聖家族』1650年頃
                  

【小生comment
 小生は、著名な「無原罪の御宿り」の作者として有名な Murilloの作品が一番好きだ。
 今回展示作品である『小鳥のいる聖家族』は初めて見たが、これも気品ある作品で一見しただけで好きになった作品である。
 
【後記】0320() 地元think tank主催の集いがあり、小中高と同期でclassmateでもあった時習26回生の同期伊藤恵祐君【34】と会った。
 その集いが終わってから、3箇月ぶりに軽く一杯遣って旧交を温めた。
 同期ってホントいいものですネッ!
 
  彼岸の夜() 友と一献 和(なご)みゆく 悟空

[35]伊藤君と1

[36]2

                  

 では、また‥〔了〕

 ブログへは【0626】号迄のback numberURL:http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog ←此処をclickして下さい

 

0 件のコメント:

コメントを投稿