2020年5月22日金曜日

【時習26回3−7の会 0812】~「松尾芭蕉:俳諧七部集『あら野』から〔第30回/第281句~290句〕」「05月17日:『渥美半島に芭蕉と山頭火の足跡を訪ねて』」「王安石『即事』『鐘山卽事』『初夏卽事』」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回37の会 0812】号をお届けします。
 今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第30回/第281句~290句〕」をご紹介する。

281 大粒(おほつぶ)な雨にこたえ(=へ)(1)芥子(けし)の花  東巡(2)

【意】大粒の雨が降ったが、芥子の実は落ちずにもちこたえたものだ /
【解説】季語:芥子の花=初夏 /
(1)こたへし(堪へし):こらえた、もちこたえた
(2)東巡(とうじゅん(生没年不詳)):美濃国岐阜の人 / 詳細不詳

282 (ちる)たびに兒(ちご)ぞ拾(ひろ)ひぬ芥子の花  吉次(1)

【意】芥子の花が一片/\と散る度(たび)に幼子(おさなご)が其の花弁を拾っている
【解説】季語:芥子の花=初夏 / 幼子が一片/\散る毎に其の花弁を拾う様子が、脆く散る芥子の儚さを浮き出させている
(1)吉次(生没年不詳):伊賀国の人 / 詳細不詳

深川(ふかがは)の庵(あん)にて(1)

(1)服部嵐雪著『其帒(そのふくろ)』では、同じ句に「はせを庵にて」と前書する

283 (あん)の夜()もみじかくなりぬすこしづゝ  嵐雪(1)

【意】夏至がづいた今日此の頃は流石に俗世を離れた芭蕉庵の夜も短くなる / 毎晩、俗世を離れた芭蕉庵で俳諧・風雅の話羅をしていると、こういうことがよく分かる
【解説】季語:みじか夜=三夜 /
(1)服部嵐雪(はっとり らんせつ(1654-1707.10.13(承応03-宝永040918))):下級武士服部喜太夫高治の長男として江戸湯島に生まれ / 1686(貞亨03)年 仕官の道を諦め俳諧師に転身 / 翌貞亨04年 春宗匠として立机 / 蕉門入門は古く、嵐雪21歳頃、蕉門では最古参の一人 / 芭蕉は、嵐雪の才能を高く評価し1692.04.18(元禄050303)の桃の節句に「草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり」と称え、「両の手に桃と桜や草の餅」と詠み評価している / 1694.12.08(元禄071022)江戸で芭蕉の訃報を聞いた嵐雪は、其の日に一門を参集して芭蕉追悼句会を開き、桃隣と近江国膳所・義仲寺に赴いた / 芭蕉の墓所である義仲寺で嵐雪は、「この下にかくねむるらん雪仏」と詠んでいる

284 さびしさの色(いろ)はおぼえずかつこ鳥(どり)  野水(1)

【意】寂しさの色が何色なのかは解らないが、郭公の声は聞く程に寂しさが感じられて来る
【解説】季語:かつこ鳥(=郭公)=初夏 /「色や声 槇立つ山のかんこ鳥」「さびしさはその声なれやかんこ鳥」等の古句がある /
(1)岡田野水(おかだ やすい((?)-1743.04.16(寛保03.03.22):埜水とも / 尾張国名古屋の呉服豪商で町役人 / 通称:佐右次衛門 / 本名:岡田行胤 / 芭蕉が『野ざらし紀行』の旅で名古屋に逗留した(1684)際の『冬の日』同人 / 其の頃、野水は27歳の男盛り / 又、彼は近江蕉門や向井去来等上方の門人との親交も厚かった

   仲夏(ちゅうか)

285 (よひ)の間()は笹(ささ)にみだるゝ螢(ほたる)かな  櫻井 元輔(1)

【意】蛍が日暮れて宵に笹叢の辺りを乱れ飛んでいる / あれは酒に酔い乱れているからだ
【解説】季語:蛍=仲夏 /「宵」は「酔ひ」に、「笹」は「酒(ささ)」に、二重に語呂をかけている
(1)櫻井元輔(さくらい もとすけ(15世紀末頃の人):摂津国の人 / 一説に1506年までの生存が確認されている/ 宗祇(そうぎ(1421-1502.09.01(応永28-文亀020730)))の門弟で、宮中の役人を勤めた

286 刈草(かりくさ)の馬屋(うまや)に光(ひか)るほたるかな  一髪(1)

【意】夕暮れ時、作業を終えた馬を馬小屋に戻し苅草(=干草)を与える / すると、厩(=馬屋)の隅の暗闇の中で蛍が光っている
【解説】季語:ほたる=仲夏 /
(1)一髪(いっぱつ(生没年不詳)):美濃国の人 /『あら野』等多数入句 / 人物については詳細不明

287 (まど)くらき障子(しやうじ)をのぼる螢哉(かな)  不交(1)

【意】夕暮れ時、障子の外側が薄明るく上へ動いていく / 其れは、蛍が光を放ち乍ら這い上がっていくからだ
【解説】季語:蛍=仲夏 /
(1)不交(ふこう(生没年不詳)):美濃国の人 。『あら野』に入句

288 (くら)きよりくらき人(ひと)(よぶ)螢かな  風笛(1)

【意】蛍は、暗黒の闇の中に居ながら、暗愚な人間に光明を投げかけてくれる
【解説】季語:蛍=仲夏 /「暗きより暗き道にぞ入()りぬべきはるかに照らせ山の端の月 / 和泉式部〔【意】私は暗い道をより暗い道へと歩いている / 山上にかかる月よ、私を明るく照らして(暗い道から解き放って)欲しいものだ〕」の parody
(1)風笛(ふうてき(生没年不詳)):人物については詳細不明

289 (みち)(ほそ)く追()はれぬ澤(さは)の螢かな  青江(1)

【意】蛍狩り / 水辺の沿って飛ぶ蛍をずっと追って此処迄来たが、最早沢の道は狭く前には行けなくなった / もう引き返すしかあるまい
【解説】季語:蛍=仲夏 /
(1)青江(せいこう(生没年不詳)):人物について詳細不明 /『あら野』に2句入句

290 あめの夜は下(した)ばかり行(ゆく)螢かな  含呫(1)

【意】雨夜の蛍は、空高く飛行することはない / 雨水に当たるのを避け草原の中ばかりで光っている
【解説】季語:蛍=仲夏 /
(1)含呫(がんてん(生没年不詳)):人物については詳細不詳 /『あら野』に多数入句 /「がんてん」の「てん」の字は、口偏に占

【小生 comment
 次回は、俳諧七部集『あら野』から〔第31回/第291句~300句〕をご紹介する。お楽しみに!

■続いては、0517日『渥美半島に芭蕉と山頭火の足跡を訪ねて』をお届けする。
 0517()は、天気も良かったので、渥美半島へ芭蕉と山頭火の足跡を訪ねて来た。
 朝は少しゆっくりと起きた。

0545分 起床→腹筋2,000回→
0645 2.5kg木刀素振り60
0750分 入浴→朝食→
0912分 拙宅発→一般道34 15㎞→

【寶林寺】~芭蕉句碑~「冬の日や馬上に氷る影法師」

[01]豊橋市杉山町天津(あまづ)の交差点

[02]「寶林寺」入口の「寶林寺」石碑前にて
                  
[03]『冬の日』塚

[04]『冬の日』塚解説
                  
[05]「冬の日や馬上に氷る影法師」=『冬の日』塚の横にて1

[06]同上2
                  
[07]「寶林寺」解説板

[08]「寶林寺」本堂前にて
                  
[09]同 山門前にて

[10]同 境内にて
                  
1008分「寶林寺」発→一般道 25.3km 43分→

 『笈の小文』より「原文」で「冬の日や馬上に氷る影法師」と詠んだ場面をご紹介する。

【吉田・保美】

 《原文》
 三川(=三河)の國保美(ほび)(1)といふ處(ところ)に、杜國(とこく)(2)がしのびて有(あり)けるをとぶらはむと、まづ越人(ゑつじん)(3)に消息して、鳴海より跡(あと)ざまに二十五里尋(たづね)かへりて、其夜(そのよ)吉田(4)に泊まる。

  寒けれど二人寐()る夜ぞ頼もしき

(小生注) 此の句は、Facebook 20200425日に訪れご紹介した【湊神明社『築島弁天社』~芭蕉句碑~】1でご紹介した句である。

 あま津(5)縄手(なはて)、田の中に細道ありて、海より吹(ふき)(あぐ)る風いと寒き所也(なり)

  冬の日()や馬上(ばしやう)に氷(こほ)る影法師

《現代語訳》
  三河の国 保美と言う所に杜国が忍んで暮らしているのを訪ねようと、先ず越智越人に手紙を送り同行を頼んで鳴海から道筋を東へ後戻りすること二十五里、その夜は吉田に泊まった

【意】寒い夜だ
 でも、越人と二人で旅寝する夜は一人寝するよりずっと心強く感じられることだ
 季語:「寒し」‥冬

  寒けれど二人旅ねのたのもしき『昿野』
  寒けれど二人旅ねはおもしろき『笈日記』

 あま津縄手は田の中に道があって、海より吹き上げて来る風の為とても寒い所だ。

【意】寒さを実感するしかない寒々とした冬の太陽
 そんな陽射しの中を、馬に揺られ乍ら進んで行く
 ふと道辺の下の方目をに遣ると、馬上の私の姿が凍りついた影法師の様に見える
 季語:「冬の日」‥冬

《語句/解説》
(1)保美(ほび):愛知県田原市保美町/渥美半島の先端伊良湖岬に8.9kmと程近くに位置する
(2)杜国:坪井杜国(つぼいとこく(?-1690))/名は庄兵衛/芭蕉の愛弟子で名古屋の人
   米穀商で、貞享02(1685)年 禁制の空米相場で追放となり、三河畠村、そして保美に隠棲する
(3)越人:越智越人(1656-1739)/名古屋の蕉門俳人で蕉門十哲の一人/『更級紀行』の旅に同行した/『奥の細道』の【大垣】にも登場
(4)吉田:愛知県豊橋市/東海道の宿駅
(5)天津縄手:豊橋市杉山町天津(あまづ)/豊橋鉄道渥美線「老津」と「杉山」の中間地点の三河湾沿いにある
   縄手(=)=田の中の道、畦(あぜ)

[11]豊橋市杉山町の踏切を通過する渥美線の電車

1051分 お食事処 旅館「玉川」駐車場着

【お食事処 旅館「玉川」】

[12]「玉川」入口にて
                  
[13]注文した昼食「刺身定食」を前に

[14]今日食した「刺身定食」
                  
[15]Edible flower を添えた刺身定食(ホタテ・カンパチ・鯛・中とろ)」を拡大 !

1137分「玉川」発→一般道 1.5km 5分→
1142分「杜國公園」着

【杜國公園(杜國屋敷址)

[16]「杜國屋敷址」石碑横にて
                  
[17]「俳人 坪井杜國」解説板横にて

[18]「同」解説板
                  
[19]「杜國の句碑」の前にて

[20]「同」~「旧里を立去て 伊良古に住侍りしころ 春ながら名古屋にも似ぬ空の色」~
                  
1155分「杜國公園」発→一般道 7 2.3km
1212分「潮音寺」駐車場着

【潮音寺】

[21]「潮音寺」山門前にて

[22]「潮音寺」本堂前にて
                  
[23]「杜國墓碑」と松尾芭蕉・越智越人・坪井杜國の「三吟句碑」解説

↑↑麥生えて 能(よき)隠れ家()や 畑村  芭蕉
↑↑冬をさかりに 椿咲く也  越人
↑↑昼の空 蚤(のみ)かむ犬の 寝かへりて  野仁(杜國)

[24]「坪井杜國の墓」
                  
[25]「坪井杜國の墓」の前にて1

[26]「坪井杜國の墓」の前にて2
                  
[27]「種田山頭火」句碑

[28]「種田山頭火」句碑の横にて
                  
[29]「種田山頭火」句碑解説()

[30]「同上」()
                  
 種田山頭火は、1882(明治15)年 山口県防府の大地主の長男として生る / 本名 正一〔中略〕
 1913(大正02)年から荻原井泉水(1884-1976)に師事し、句作を始める
 「 波音の墓のひそかにも 」
 此の句は、旅日記に拠ると、1939(昭和14)0419日、知多半島の師崎より船にて福江港に着き港近くの宿に一泊して、其の翌朝、伊良湖岬に向う途中、潮音寺を訪れ俳人杜國の墓に詣でたときに詠んだ句とされている
 1940(昭和15) 10月、松山市「一草庵」にて数奇な一生を終える。〔享年58歳〕
 〔以上は、潮音寺「種田山頭火」句碑解説より引用〕

【種田山頭火『草木塔』~鴉~】〔19400428日 八雲書林刊〕

 渥美半島にて詠んだ句二句‥

【前書】「伊良湖岬」

はるばるたづね来て岩鼻一人  山頭火

【前書】「渥美半島」

まがると風が海ちかい豌豆(えんどう)畑  山頭火

[31]「まがると風が海ちかい豌豆畑」を image した画像

1236分「潮音寺」駐車場発→一般道 14 8.3km
1250分「芭蕉句碑」着

【伊良湖シーサイドゴルフ倶楽部】入口前
 ~芭蕉句碑~「鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎」~

[32]「保美」交差点の看板
                  
[33] ~芭蕉句碑~「鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎」入口看板

[34] ~芭蕉句碑~にて
                  
[35] ~芭蕉句碑~「鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎」

[36] ~芭蕉句碑~解説板
                  
【伊良古崎】

《原文》
 保美村より伊良古崎(1)へ壱里斗(ばかり)も有(ある)べし。
 三河(みかは)の國の地つゞきにて、伊勢とは海へだてたる所なれども、いかなる故(ゆゑ)にか『万葉集(まんえふしふ)』には伊勢の名所の内に撰(えらび)(いれ)られたり。
 此(この)淵崎(=洲崎(すざき))(2)にて碁石を拾ふ。
 世にいらご白(じろ)(3)といふとかや。
 骨山(こつやま)(4)と伝(いふ)は鷹を打(うつ)(=)なり。
 南の海のはてにて、鷹のはじめて渡る所といへり。
 いらご鷹(5)など哥(=(うた))にもよめりけりとおもへば、猶あはれなる折ふし、

鷹一つ見付(つけ)てうれしいらご崎

《現代語訳》
 保美村から伊良古崎迄は一里程もあろうか。
 三河の国からは地続きで、伊勢の国とは海を隔てているが、如何なる訳か、『万葉集』には伊勢国の名所として取り扱われている。
 この岬の浜で碁石を拾う。
 世に「いらご白(じろ)」とか言われるものだ。
 骨山という丘は鷹を捕る場所だ。
 南の海の果てから鷹が日本に渡って来て初めて止まる所という。
 「いらご鷹」などと和歌にも詠まれていると思うと、一層情緒深く思っていると、その時、

【意】此処伊良古崎に一羽の鷹が飛んでいるのを見つけた
 悠然と空中を舞う姿を見ていると、何故か心が惹かれ嬉しい心地がする
 季語:「鷹」‥冬

《語句/解説》
(1)伊良古崎:渥美半島西端の伊良湖(いらご)岬/『万葉集』巻一には「伊勢の国」の「伊良虞の島」と呼ばれている
(2)洲崎:岬
(3)いらご白:伊良湖岬の浜でとれる殻の厚い貝から作る白い碁石/「伊良期ノ碁石貝(『毛吹草』)」と紹介されている
(4)骨山:伊良湖岬の小丘陵/現在「こやま」という
(5)いらご鷹:「二つありける鷹の、伊良胡渡りすると申けるが、一つの鷹は留まりて、木の末に掛りて侍ると申しけるをきゝて巣鷹渡る伊良湖が崎を疑ひてなを木に帰る山帰りかな」 (『山家集』)‥とある

1258分「芭蕉句碑」発→一般道 4 2.3km
1302分 伊良湖ビューホテル入口着

【伊良湖ビューホテル入口脇の歩道から伊良湖岬・神島・鳥羽遠望】

[37]伊良湖ビューホテルも臨時休館していた

[38]神島()と伊良湖岬()1
                  
[39]神島(左手前)と鳥羽遠望

[40]伊良湖岬
                  
[41]神島()と伊良湖岬()1

[42]同上2
                  
[43]伊良湖岬の back 1

[44]同上2
                  
[45]同上3

[46]神島()
                  
[47]答志島()

1322分 伊良湖ビューホテル入口発→一般道 90 53.3km
1452分 帰宅 走行距離計108km〔了〕

【小生 comment
 拙宅を0912分に出発し、1452分帰着。
 所要時間 5時間40分。
 (1) お食事処「玉川」の新鮮な刺身定食を食すことが出来、
 (2) 芭蕉所縁の2つの寺院と石碑を見、
 (3) 渥美半島を旅した山頭火にも思いを馳せ、
 (4) 伊良湖ビューホテル入口からの神島・答志島を見晴るかすことが出来た絶景も堪能出来、
 とても充実したひとときを過ごすことが出来た。

■今日最後の話題は、北宋の政治家で詩人の王安石(1021.12.18-1086.05.21)の『即事』『鐘山卽事』『初夏卽事』三句についてである。
 先ず最初は、初夏の時節の長閑な農村風景を見て詠んだ、五言律詩からご紹介する。

【 即事 / 王安石 】

  即事  王安石

1】径暖草如積 /【2】山晴花更繁
3】縦横一川水 /【4】高下数家村
5】静憩鶏鳴午 /【6】荒尋犬吠昏
7】帰来向人説 /【8】疑是武陵原

[48]写真は、左上「【1】径暖草如積 /【2】山晴花更繁 」を image した画像、以下時計回りに‥
                  
↑↑「【3】縦横一川水 /【4】高下数家村」を image した画像
↑↑「【5】静憩鶏鳴午 /【6】荒尋犬吠昏」を image した画像
↑↑「【7】帰来向人説 /【8】疑是武陵原」を image した画像

1】径(こみち)(あたたか)くして草積むが如く /【2】山晴れて 花更(さら)に繁(しげ)
3】縦横(じゅうわう) 一川(いっせん)の水 /【4】高下(かうげ) 数家(すうか)の村
5】静か憩へば 鶏(にはとり) (ひる)に鳴き /【6】荒尋(くわうじん)すれば 犬 昏(くれ)に吠()
7】帰来(きらい)して 人に向かひて説()く /【8】疑(うたが)ふらくは 是()れ武陵原(ぶりょうげん)

《意》
1】小径(こみち)は暖かく、草叢はこんもり積み重なる様だ /【2】山は晴れ亘り、花は更に咲き誇っている
3】一筋の川が縦横に曲がりくねって流れ、/【4】山の高い所、低い所に、数件の家が点在して見える
5】昼下がり、静かに休んでいると、何処からか鶏の鳴き声が聞こえ、/【6】夕方、暗くなりつつある荒野を歩いていると犬の遠吠えが聞こえて来る
7】帰宅して家人に言った /【8(今日)私が見て来たのは、武陵桃源だったのかもしれない、と

《解説》
 此の作品は、いつ制作されたか不明であるが、詩の内容から王安石が晩年に隠棲した南京の時代の時だろう、と石川忠久氏は述べている。
 第一句「径暖草如積」が、初夏の青々ととした草叢の草いきれが伝わって来る。
 第二句「山晴花更繁」は、先日紹介した、杜甫(712-770)『絶句二首 其二』の承句「山青花欲然(山 青くしして 花 然()えんと欲す)」と image が重なる。
 第三句・第四句「【縦横】《一》川水 /【高下】《数》家村」は、【「二次元・三次元」の対比】《「一・数」:数の対比》の対句が凝っていて巧い。
 後半の4句は、実際に経験した長閑な村里の様子から、読者を幻想的な「桃源郷」の世界に誘(いざな)う。
 第五句・第六句「静憩【鶏鳴】午 / 荒尋【犬吠】昏」は、中国・春秋時代(B.C.770-B.C.403)の思想家老子の『老子』八十章:「鶏犬相聞(鶏犬(けいけん)(あひ)(きこ))〔【意】鶏と犬の鳴き声が方々から聞こえて来る=村里の家が続いている様子〕」や、陶潜(365-427)の「帰田園居(田園の居に帰る)」の第15句・弾16句「狗吠深巷中((いぬ)は吠()ゆ深巷(しんこう)の中) / 鶏鳴桑樹頂((にはとり)は鳴く桑樹(そうじゅ)の頂(いただき))」を踏まえ、
 最後の第七句・第八句「帰来向人説 / 疑是武陵原」では、第五句・第六句の長閑な村里の様子を見て来た作者が、帰宅後、家人に「今日は武陵桃源(=俗世間からかけ離れた平和な別天地、理想郷)を見て来たヨ」と話して、締め括る。

 ※  ※  ※  ※  ※

 王安石の漢詩で「即事」と付く題で有名な作品にあと2つ「鐘山卽事」と「初夏卽事」がある。
 2作目は、時節は春に逆戻りするが、なかなかいい詩なので、「鐘山卽事」をご紹介する。

【 鐘山卽事 / 王安石 】

  鐘山卽事  王安石(1021-86)

1】澗水無声繞竹流 /【2】竹西花草弄春柔
3】茅簷相對坐終日 /【4】一鳥不啼山更幽

[49]写真は、左上「【1】「澗水無声繞竹流」を image した画像、以下時計回りに‥

↑↑【2】「竹西花草弄春柔」を image した画像
↑↑【3】「茅簷相對坐終日」を image した画像
↑↑【4】「一鳥不啼山更幽」を image した画像

 鐘山(1)卽事  王安石

1】澗水(かんすい)(2) (こゑ)無く 竹を繞(めぐ)って流れ
2】竹西(ちくせい)(3)の花草(かそう) 春柔(しゅんじゅう)(4)を弄(ろう)(5)
3】茅簷(ぼうえん)(6)(あい)(たい)して 坐()すること終日(しゅうじつ)
4】一鳥(いっちょう)()かず 山(やま)(さら)(7)(ゆう)(8)なり

《意》
1】谷川の水は音も無く竹林を繞(めぐ)って流れ
2】竹林の西には草花が春の柔らかな日差しの中、弄()れている
3】茅(かや)()きの軒端(のきば)で鍾山と向かい合って一日座っていると
4】鳥の鳴き声一つなく、山はいよいよひっそりと静まり返っている

《語句》
(1)鐘山(=鍾山):金陵(=現・南京)の東側にある紫金山の旧名
(2)澗水:谷川の水
(3)竹西:竹林の西
(4)春柔:春の柔らかな陽気
(5)(ろう)す:弄()れること
(6)茅簷(ぼうえん):茅葺の軒端(のきば)or(いおり)
(7)(さら)に:いよいよ
(8)(ゆう):静か

《解説》
 此の作品は、此の詩は王安石が鍾山隠棲中の1085(元豊(げんほう)08)年の作。
 昨日ご紹介した「即事」は、頸聯で「静憩鶏鳴午 / 荒尋犬吠昏」と、長閑な農村風景の「鶏犬相聞(=鶏が鳴き、犬が吠える)」を詠んでいるが、此の「鐘山卽事」では、結句の【一鳥不啼山更幽(=一鳥啼かず 山更に幽なり)】が有名で、山里であるにも拘らず、一羽の鳥の鳴声も聞こえて来ない「静寂」を詠んでいる処が面白い。
 此の詩は、盛唐の政治家で宮廷詩人であった王維『竹里館』の世界を想起させる。
 王維(699-759 / 701-761)は、長安郊外に別荘を買い、其の別荘に「輞川荘」と名付け、半官半隠の生活を愉しんだが、王安石の晩年も、王維の生涯と重なって興味深い。

 ※  ※  ※  ※  ※

 王安石の「卽事」の3作目は『初夏即時』。
 題名通り、今の時節にピッタリの名詩である。

【 初夏卽事 / 王安石 】

  初夏卽事(1)  王安石(1021-86)

1】石梁茅屋有彎碕 /【2】流水濺濺度兩陂
3】晴日暖風生麥気 /【4】綠陰幽草勝花時

[50]写真は、左上「【1】「石梁茅屋有彎碕」を image した画像、以下時計回りに‥
                  
↑↑【2】「流水濺濺度兩陂」を image した画像
↑↑【3】「晴日暖風生麥気」を image した画像
↑↑【4】「綠陰幽草勝花時」を image した画像

 初夏卽事  王安石

1】石梁(せきりゃう)(2) 茅屋(ばうをく) 彎碕(わんき)(3)有り
2】流水(りうすゐ) 濺濺(せんせん)(4)として 兩陂(りゃうひ)(5)を度(わた)
3】晴日(せいじつ) 暖風(だんぷう) 麥気(ばくき)(6)を生(しゃう)
4】綠陰(りょくいん) 幽草(いうさう)(7) 花時(くゎじ)(8)に勝(まさ)

《意》
1】石造りの小さな橋、茅葺(かやぶき)の質素な家、ぐるりと湾曲した岸辺
2】小川の水が、さらさらと両岸の土手の間を流れていく
3】晴れた日、暖かな風が、青麦の香りを運んで来る
4(初夏の)青葉の茂った木陰や、(其の木陰に)閑かに繁茂する夏草の情景は、花咲く季節(=)に勝る

《語句》
(1)初夏即事(しょかそくじ):眼前に見える初夏の風景について即席で作った詩 /「即事」とは其の場のことを即興で詠じた詩のこと
(2)石梁(せきりょう):石造りの小さな橋
(3)彎碕(わんき):彎曲した岸
(4)濺濺(せんせん):水がさらさらと流れる様(さま)
(5)() (=坡):堤(つつみ)・土手
(6)麦気(ばくき):麦の草(くさ)いきれ
(7)幽草(ゆうそう):ほの暗くひっそりとした草
(8)花時(かじ):色々の花咲く(=春の)季節

《解説》
 此の七言絶句は、4句全てが「2字熟語の名詞3個」と「1字の動詞1個」から成り、規則的に並んでいる。
 だから、此の詩を詠むと【1】「石梁」「茅屋」有「彎碕」、【2】「流水」「濺濺」度「兩陂」、【3】「晴日」「暖風」生「麥気」、【4】「綠陰」「幽草」勝「花時」と並べられた「 」内の名詩が、小気味好くrhythmicalに耳許に響いて来る。
 此れ等の名詞は、初夏を、「田園風景」=【視覚】、「小川の流水の音や木陰の草木の葉が風に擦れる音」=【聴覚】、「青麦や木陰に繁茂する夏草の香り」=【臭覚】という五感のうちの三感で表現している。
 単純で平明な語句であり乍ら、実に巧みな表現となっている。
 初夏を詠んだ古今東西の名詩の中で、小生、本作品が最も好きな作品である。

【後記20514日、CBCテレビ 事業部から、2020年の『第43回名古屋国際音楽祭』の5月〜6月にかけて予定されていた5つの公演中止と Ticket 払戻し手続き案内が郵送されて来た。
 此れで、34月に予定されていた2公演とあわせ、全7公演の中止が決まった。
 小生の最も好きな Classical Music の生の名演奏が聴けないのは凄く残念だけど、コロナウィルス禍が原因ならば致し方ない。
 ま、毎朝0430分からの腹筋と2.5kgの木刀素振りの2時間の際、DVDを見聴きしている〔←今朝は、ルドルフ・ブッフビンダーの Piano 独奏で、Beethoven / Piano Sonata 全集32(DVD6枚組)の中から、最後の1(No.11. No.20. No.8. No.25. No.21 Waldstein. No.30. No.31. No.32 8)2時間30(=筋トレ)を聴いた〕ので不満は其れ程溜まっていないけどネ。

[51]公演中止となった7つの Concert leafletsと、今回返却する5枚の Tckets

[52]公演中止の手紙〔部分〕
                  
[53]Rudolf Buchbinder(1946- ) Piano 独奏に拠る Beethoven / Piano Sonata全集のDVD

では、また‥〔了〕

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