2020年1月12日日曜日

【時習26回3−7の会 0791】~「松尾芭蕉:俳諧七部集『あら野』から〔第09回/第71句~80句〕」「01月11日:愛知県美術館『コート―ルド美術館』展を見て→愛知県芸術劇場コンサートホール/ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団『 New Year Concert 2020 』を聴いて」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回37の会 0791】号をお届けします。
 今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第09回/第71句~80」をご紹介する。
 
71 (よひ)に見()し橋(はし)はさびしや月の影  一髪(1)
 
【意】名月の宵の内は多勢の月見客で賑わっていた橋も流石に夜更けて誰もいない / 月光に照らされた欄干の影が寂しく見える
【解説】季語:月の影=秋 /
(1)一髪(いっぱつ)(生没年不詳):美濃国の人 /『あら野』などに多数入句するも詳細不明
 
  十三夜(じふさんや)
 
72 (かげ)ふた夜()たらぬ程(ほど)見る月夜(つきよ)哉  杉風(1)
 
【意】九月十三夜の月は十五夜に二夜足らぬ / 其の不足分以上に見足らない程美しい月であることだ
【解説】季語:月夜=秋 /
(1)杉山杉風(すぎやま さんぷう(1647(正保04)1732(享保17(享年86)))):江戸幕府御用達の魚問屋主人 / 江戸蕉門の代表的人物の一人 / 豊かな経済力で芭蕉を支援した / 温厚篤実な人柄で芭蕉の信頼も篤かった / 芭蕉は、奥の細道の出発に先立ち杉風の別荘「採茶庵(さいとあん)」に身を寄せている
 
  朔日(ついたち)(1)
 
(1)「朔日」から以下「七日」迄、夫々の月齢の月を愛でた句
 
73 (くれ)いかに月の氣()もなし海の果(はて)  荷兮
 
【意】日は暮れたが、海の水平線の果てまで探しても何処にも月は見当たらない
【解説】季語:月=秋 / 陰暦「朔日」は「新月」なので月は見えない
 
  二日(ふつか)
 
74 見る人もたしなき(1)月の夕(ゆふべ)かな  同
 
【意】二日になってようやくかけらのような月が出ては来たが、見る人とて無く、間延びした夕方だ。
【解説】季語:月=秋 /
(1)たしなき:不足の状態を示す俗語
 
  三日(みつか)
 
75 何事(なにごと)の見()たてにも似()ず三()かの月(つき)  芭蕉
 
【意】三日月は古来色々なものに譬えられて来たが、今改めて三日月を見ていると、此れ迄譬えられていた其のどれにも似ていない、其れ等を超越した美しさと思料する
【解説】季語:三かの月=秋 / 貞亨573(1688729)、『笈の小文』の旅の途次、名古屋日蓮宗円頓寺(現・名古屋市西区橋詰町)にて詠める
 
  四日(よか)
 
76 夕月夜(ゆふづくよ)あんどんけしてしばしみむ  卜枝(1)
 
【意】西空に微(かすか)に四日の月が出ている / 何気なく行燈を灯しはしたものの、月影は弱く行燈の火明るさにも負けて仕舞いそうだ / やがて西に沈む迄の僅かなことだ、灯りを消して束の間の月を眺めるとしよう
【解説】季語:夕月夜=秋 /
(1)卜枝(ぼくし(生没年不詳)):近江国の人 / 後に尾張国津島の蓮花寺に寓居していた伝わる / 貞門に入門後、蕉門に / 俳号は遠方とも /『あら野』などに入句
 
  五日(いつか)
 
77 何日(いくか)とも見()さだめがたや宵(よひ)の月  伊豫 一泉(1)
 
【意】宵の頃西にかかる月は、確かに何日の月とも見定め難く特徴が無い
【解説】季語:宵の月=秋 / 五日月は、三日月と七日・八日の上弦の月との間で、形を捉えた表現がない月
(1)一泉(いっせん(生年没不詳)):詳細不詳 / 伊予国の人 /『あら野』に入句
 
  六日(むいか)
 
78 銀川(あまのがは)見習(みなら)(1)(ころ)や月(つき)のそら  岡崎 鶴聲(2)
 
【意】七月七日、七夕の夜も近くなると、今年は牽牛・織女の二星は雨に邪魔されず逢えるだろうか心配して、夜毎夜空を眺めていた所為で、天の川の辺りの景色に馴染んで仕舞ったことだ
【解説】季語:銀川・月=秋 /
(1)見習ふ:見て馴染むこと
(2)鶴聲(生没年不詳(いとう しゅんじ)):三河国岡崎の人 /『柱暦』編纂。『猿蓑巻三』冒頭の句、「穐風や蓮をちからに花一つ」は「読人不知」とあるが、実際は鶴聲の作 /「此句東武よりきこゆ、もし素堂か」と「素堂」作としようとしたことを、後に荷兮が『曠野後集』を編纂した際に暴露し、去来が激怒したという話が伝わっている
 
  七日(なぬか)
 
79 (よき)ほどにはなして歸(かへ)る月夜(つきよ)哉  岐阜 一髪
 
【意】訪ねた先を辞去した帰り道、空に七日(=上弦)の月(1)が出ている / 今宵は、此の綺麗な月を楽しみ見乍ら家路に就くことにしよう
【解説】季語:月夜=秋 /
(1)上弦の月:上弦の月は、日没時には丁度天頂にあり、真夜中に西に沈む
 
    雪 二十句
 
  大津にて
 
80 雪の日や船頭(どう)どの(1)ゝ顔(かほ)の色  其角(2)
 
【意】冬の雪の日でも、真っ黒に日焼した船頭の顔色は逞しく感じられることだ
【解説】季語:= / 元禄元(1688)1127日、大津松本の尚白亭での作と言われている
(1)船頭どの:謡曲「自然居士」の「ああ船頭殿のお顔の色こそ直って候へ」の名調子に拠る
(2)宝井其角(たからい きかく(寛文元年0717(1661.08.11)~宝永040229(1707.02.29))):江戸下町堀江町(=お玉が池説あり)に、近江国膳所藩御殿医者竹下東順の長男として生まれる / 医者を志す傍ら、文芸・四書五経等にも精通 / 延宝年間(1673-81)の初めの頃、父の紹介で蕉門に入門 / 長ずるに及び、蕉門第一の門弟となる / 早くから華街に足を踏み入れて、蕉門きっての放蕩児でもあった /「赤穂事件」では、浪士側に立って彼等を支援 / 芭蕉(1644-94)との関係も、ambivalentな面が多く、尊敬し合う関係と同時にrivalとしての感情も強く持ち合わせていた /「古池」の句の考案中、芭蕉は「蛙飛び込む水の音」と中七・座五は出来たが上五に苦心していた時、其れを其角に話すと、其角は即座に「山吹や」と付けたと言う芭蕉と其角の芸風の相違を良く表す逸話が残っている / 近江国出身の父親の影響もあり、其角は上方文化にも精通 / 屡々関西を訪問、其の際知り合った向井去来(1651-1704)を蕉門に誘うこともした / 上方旅行中に芭蕉の危篤を知り、江戸蕉門の中で唯一芭蕉の死に立ち会った / 彼自身も47歳の若さで早逝
 
【小生 comment
 次回は、俳諧七部集『あら野』から〔第10回/第81句~90句〕をご紹介する。お楽しみに!
 
■今日続いての話題は、昨日0111日愛知県芸術文化センターに行って来た。10階にある愛知県美術館で開催中の『コートルド美術館』展と、愛知県芸術劇場コンサートホールにて開催された「ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団『 New Year Concert 2020 』」を見聴きして来た模様についてご報告する。
 昨(0111)日は、以下の通り行動した。
 
0550分 起床腹筋2000
0650 2.5kg木刀素振り
0755分 入浴朝食
0915分 豊橋発名鉄特急金山地下鉄名城→1017分矢場町着
1020分 松坂屋北館着
1050分 松坂屋発徒歩
 
【旧行本店跡地工事現場】
 
 昭和37年竣工の旧行本店の建物は、跡形も無くなっていた。
 
[01]旧行本店工事現場1

[02]同上2
                  
[03]同上3

[04]同上4
                  
[05]同上5

[06]現三菱UFJ銀行名古屋営業部が入居中のビル
                  
[07]旧行本店広小路側工事現場から現三菱UFJ銀行名古屋営業部が入居中のビルを望む


 1105分 朝日神社着
 
【朝日神社】
 
[08]朝日神社本殿
                  
[09]朝日神社本殿にて

[10]朝日神社解説板
                  

1125分 朝日神社発徒歩〔途中コンビニにて簡単な昼食〕
1140分 愛知県芸術文化センター着
 
【愛知県美術館『コート―ルド美術館』展】
 
 本企画展は、昨年1109日に東京都美術館で見ているが、素晴らしい展覧会なので、愛知県美術館でも見ることにした。
 ホント、素晴らしい傑作揃いである
 恰も初恋の女性と再会を果たした様な「ときめき」を感じた。
 
[11]愛知県芸術文化センター地下2階の愛知県美術館『コートルド美術館』展看板前にて

[12]愛知県美術館入口際の「コートルド美術館『マネ/フォリー=ベルジェールのバー』1882年 のmonument
                  
[13]同上「同『同/同』1882年 のmonument」前にて

[14]同上「同上『ルノワール/桟敷席』1874年 のmonument」前にて
                  
[15]オノレ・ドーミエ(1808-79)『ドン・キホーテとサンチョ・パンサ』1870年頃

[16]ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(1834-1903)『少女と桜』1867-72
                  
[17]エドガー・ドガ(1834-1917)『舞台上の二人の踊り子』1874

[18]エドゥアール・マネ(1832-1883)『草上の昼食』1863年頃
                  
[19]同『フォリー・ベルジェールのバー』1882

[20]アルフレッド・シスレー(1839-99)『セーヌ川の船』1877年頃
                  

 先日の20191122日付【時習26回3-7の会 0784】《会報》(下記URL参照)でもご紹介したが、ポール・セザンヌ(仏:Paul Cézanne 1839.01.19- 1906.10.22(23?))の『カード遊びをする人々』は、5点あり、カタールの王族が此の絵を 25千万〜3億ドルで手に入れたとされ、絵画取引額の最高値を更新した。


[21]ポール・セザンヌ『カード遊びをする人々』1892-96年〔コートルド美術館〕

【参考】[22][25]は、コートルド美術館以外の美術館等にあるセザンヌ『カード遊びをする人々』4

[22]同『同』〔メトロポリタン美術館〕
                  
[23]同『同』〔バーンズcollection

[24]同『同』〔カタールの王族が25千万~3億ドルで購入(個人所有)
                  
[25]同『同』〔オルセー美術館〕


[26]ポール・セザンヌ『鉢植えの花と果物』1888-90年頃
                  
[27]同『アヌシー湖』1896

[28]ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)『桟敷席』1874
                  
[29]ポール・ゴーガン(1848-1903)『テ・レリオア』1897

[30]ジョルジュ・スーラ(1859-91)『水に入る馬』1883年頃
                  
[31]ピエール・ボナール(1867-1947)『オリーヴの木と教会のある風景』1924年頃

[32]エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)『屏風のある室内』1909-10年頃
                  
[33]シャイム・スーティン(1893-1943)『白いブラウスを着た若い女』1923年頃


1300分 愛知県美術館発徒歩 1分〔愛知県芸術文化センター10同センター4階へ〕
1305分 愛知県芸術劇場コンサートホール
1330分 開演
 
【愛知県芸術劇場コンサートホール『ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団 New Year Concert 2020』】
 
[34]愛知県芸術劇場コンサートホール入口にて1
                  
[35]同上2

[36]本演奏会leaflet
                  
[37]同ホール・ホワイエのCD/DVD販売cornerのウィーン・フォルクスオーパー交響楽団楽団員1

[38]同上2
                  
[39]愛知県芸術劇場コンサートホールホワイエにて1

[40]同上2
                  
[41]本演奏会program1〔裏表紙〕

[42]同上2〔本演奏曲目一覧〕
                  
[43]同上3〔本演奏会キャスト一覧〕

[44]開演前の愛知県芸術劇場コンサートホール1
                  
[45]同上2

[46]同上ホワイエCD/DVD販売cornerのウィーン・フォルクスオーパー交響楽団楽団員 ヴィオラ奏者 Roman Bisanz氏との two shot1
                  
[47]同上2

[48]同上にて購入してsignして貰ったDVD
                  
[49]演奏会終了後:コンサートホール入口際の本演奏会看板前にて

[50]同:Encore曲一覧の横にて
                  

 Encore曲の2曲目 レハール作曲『メリーウィドウ』〜「ときめく心に唇は黙し」を、ソリストのシピーウェ・マッケンジー(Soprano)とミロスラフ・ドヴォルスキー(Tenor)2人が duet で歌ったが、本当に素晴らしい熱唱を披露してくれた。
 小生、ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団 New Year Concert は、2009年から今回で12年連続して聴き続けている。
 ウィーンには一度も行ったことがないが、毎年一月上旬に此処名古屋市の愛知県芸術劇場コンサートホールで本場ウィーンの香り豊かな名曲と dance を見聞き出来るのは本当に幸せなことだと思う。
 
[51]愛知県芸術文化センター前にて

[52]同上至近にあるOasis21にて〔名古屋テレビ塔遠望〕
                  

1545分 終演
1633分 名鉄名古屋発名鉄特急
1815分 帰宅〔了〕
 
【後記】一昨(2018)211日に小生の blog【時習263-7の会 0691】〔http://si8864.blogspot.com/2018/02/26-0691-10203-100.html…〕にて、蕉門の重鎮のひとり、服部嵐雪の名句を以下の通り紹介した。
 処が、今朝(=2020年0109日の朝)拙宅の中庭を見ると、通常4月に咲く海棠の花が咲いているのを発見して驚いた
 下記添付写真は今朝(=同0755分に)撮影したもの
 
  海棠や 一月に咲く あたたかさ  悟空

[53]拙宅中庭に咲いた海棠の花1

[54]同上2
                  
[55]海棠の蕾


     ※     ※     ※
 
 二月初旬の立春の頃になると、蕉門十哲の一人で宝井其角(1661-1707)と共に江戸蕉門の高弟、服部嵐雪(1654-1707)の次の名句が浮かぶ。
 
  梅一輪 いちりんほどの あたたかさ  嵐雪

一説:「梅が一輪咲いている姿を見ると、僅かではあるが、一輪程の温かさが伝わって来る」
二説:「梅の花が一輪、又一輪と花開いて来るに連れ、段々と暖かさが増して行く」

皆さんは、嵐雪の名句、1説と2説の何方を選ばれますか?
因みに、小生は何方も正しい解釈だと思う。
 
【前書】Facebookのお友達が0206日に撮影された向山緑地 梅林園の梅に魅せられて一句
 
  梅の華()や 寒さの中に 春を見る  悟空
 
 では、また‥〔了〕

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