2021年2月17日水曜日

【時習26回3−7の会 0850】~「松尾芭蕉:俳諧七部集『あら野』から巻之八〔第68回/巻之八~第661句~670句〕」「02月05日(金):旧東海道「坂下宿 荒井谷一里塚跡」→「片山神社」→「鈴鹿峠」→「土山宿 山中一里塚跡」→「万人講常夜燈」→「土山宿〔土山一里塚跡〕」→「東海道 猪鼻村」を一往復巡り歩いて



■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回37の会 0850】号をお届けします。
 今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第68回/巻之八~第661句~670句〕」をご紹介する。

  
貞亨(ぢゃうきゃう)つちのへ(=)(たつ)の歳(とし)(1)
  弥生(やよひ)一日(ついたち)東照宮(とうせうぐう)の別當(べったう)
  
僧正の御房(ごぼう)(2)に、
  
慈恵(じゑ)大師(だいし)(3)遷座(せんざ)執事(しゅじ)法華八講(はっかう)(4)
  侍(はべ)るよし、
  
(たふと)き事なれば聴聞(ちゃうもん)にまかりて序品(じょぼん)(5)のこゝろを

(1)貞享戊辰年:貞享05(1688)
(2)東照宮の別當、僧正の御房:東叡山寛永寺の子院三十六坊のういち、寺中の東照宮の別当職に任ぜられる寒松院
(3)慈恵大師遷座執事:寛永寺では慈恵大師(=元三(げんざん)大師)と開山慈眼大師(=天海大僧正)の像が、十月を除く毎月曜日に、順番に宿坊となる子院を巡り、各院は一カ月ずつ護持(執事)した
(4)法華八講:法華経八巻を四日間で講じるもの
(5)序品:法華経の序品

661 (ちる)花の間(あひだ)はむかしばなし哉(かな)  越人(1)

【意】法華経の序品には、天より曼荼羅華が降り、仏様が様々の奇瑞を現し、文殊菩薩が、其の瑞相と自分が過去の諸仏に見た瑞相とが全く同一であると説く処がある / 其れを俳諧の発句とすれば、こうもあろうか?
【解説】季語:散花=晩春 /
(
1)越智越人(1656-1739(?)):北越の人 / 越智十蔵 / 別号:負山子、槿花翁など /『春の日』の連衆の一人、尾張蕉門の重鎮 /『更科紀行』に同行、其の儘江戸まで同道 / 一月後の作品『芭蕉庵十三夜』にも登場/『鵲尾冠』・『猫の耳』等 / 芭蕉は、越人に対して実に好感を持っていた /『笈の小文』で伊良子岬に隠れている杜国を訪ねた時にも越人が同行している

  
女房(にょうばう)の聴聞所(ちゃうもんじょ)と覚(おぼえ)て、
  御簾(みす)たれおく暗き所あり、
  
龍女(りゅうにょ)成佛(じゃうぶつ)(1)の所に至(いた)りて、
  しのびあ へず鼻かむ(2)声のしければ

(1)龍女成佛:法華経第十二の提婆達多品のうち、女人成仏を説く条
(2)鼻かむ:泣くこと

662 ほろほろと落(おつ)るなみだやへびの玉(1)  同

【意】伝説に南方の鮫人の流す涙は、珠玉となって盆に満ちたとあるが、只今女たちが、女人成仏の教えの有り難さに流す涙は、何になるのだろう? 折からのへびの玉が其れに相当するのだろうか?
【解説】季語:へびの玉=春 /
(1)へびの玉:春の草の名を暗示するか / ヘビイチゴの類か

663 觀音(くわんおん)の尾上(おのへ)(1)のさくら(2)(さき)にけり  俊似(3)

【意】観音を祀(まつ)る古寺の裏山の頂上が、桜の花盛りである
【解説】季語:さくら=晩春 /
(1)尾上:山の頂のこと
(2)尾上の桜:「高砂の尾上の桜咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ」大江匡房(まさふさ(1041-1111))
(
3)伊藤俊似(いとう しゅんじ(生没年不詳)):尾張国津島の人 /『あら野』に多数入句

664
古寺(ふるでら)やつるさぬかねの菫草(すみれぐさ)  一井(1)

【意】荒れ放題の古寺 / 鐘楼も朽ち崩れて釣鐘は地上に放置されている/ 其の周りは雑草が生い茂り、紫色の董草の花が寂しさを誘う様に咲いている
【解説】季語:菫草=三春 /
(1)一井(いっせい(生没年不詳)):尾張国名古屋の門人 /芭蕉は、1688.01.11(貞亨04129)、『笈の小文』の旅の途次、一井宅に招かれ、「旅寝よし宿は師走の夕月夜」を発句に熱田の蕉門らと七吟半歌仙(熱田三歌仙)巻いた

  八島(やしま)(1)にて

(1)八島:讃岐国八島 / 源平戦の古戦場 / 謡曲「八島」に「いでその頃は元暦元年三月十八日の事なりしに」とある

665 海士(あま)の家(いへ)(ひじり)よびこむやよひ(かな)  伊豫 千閣(1)

【意】平家所縁の者の末裔だろうか、漁夫の家で通りすがりの乞食坊主を家に呼び込んでいる / きっと、八島合戦戦没者の御霊を弔うのであろう
【解説】季語:やよひ=晩春 /
(1)千閣(せんかく(生没年不詳)):伊予国の人 /『あら野』等に入句

666 (さき)にけりふべん(1)な寺(てら)紅杜丹(べにぼたん)(2)  一井

【意】見るからに貧乏寺の此の寺に、富貴草の異名のある牡丹が実に見事に咲いている
【解説】季語:紅牡丹=初夏 /
(1)ふべん(不弁):財力に乏しいこと
(2)紅【杜丹】(べにぼたん):正しくは、紅【牡丹】/ 周茂叔の愛蓮説(古文後集)に「牡丹ハ花ノ富貴ナルモノナリ、蓮ハ花ノ君子ナルモノナリ」とある

667 夏山(なつやま)や木陰(こかげ)/\(こかげ)の江湖(がうこ)(1)部屋(べや)  蕪葉(2)

【意】夏山の樹々が力強く繁茂している / 其の力強さに守られる様に、彼方此方の木陰に小屋が建っている /夫々の小屋では、結制安居の清僧達に拠る江湖会の厳しい修行が行われている /
【解説】季語:夏山=三夏 / 単純な嘱目吟
(1)江湖(ごうこ):禅宗の修行僧が、一夏の90日間、制(きまり)を結び、一箇所に禁足常在し、坐禅中心の修行をすること /「江湖会(ごうこえ)」/「江湖部屋」は江湖会の折に僧侶達が夫々に住む部屋(=隔屋:彼方此方にポツンと建っている小屋)のこと
(2)蕪葉(ぶよう(生没年不詳)):尾張国の人

  
奈良にて(1)

(1)奈良にて:「笈の小文」に「灌佛の日は奈良にて、ここかしこ詣で侍るに、鹿の子を産むを見て、此の日においてをかしかりければ」と【前書】/貞享五(1688)年の作

668 灌佛(くわんぶつ)の日()に生(うま)れ逢()ふ鹿()の子()(かな)  芭蕉

【意】今日(四月八日)はお釈迦様の誕生日の「潅仏会」/ 此の目出度い日に生まれるとは、実に仏縁深き鹿の子だ / お釈迦様が成道の後に初めて道を説いたのも鹿野苑(ろくやおん)であるとか‥
【解説】季語:灌佛=晩春 /

669 灌佛の其(その)(ころ)(きよ)ししらがさね(1)  尚白(2)

【意】釈迦生誕を祝う「灌仏会(四月八日)」の日は花祭り / 折も折、世俗の人々も衣更えを済ませ、「白がさね」を着て実に清々しい姿である
【解説】季語:灌佛=晩春 /
(1)しらがさね:白襲 / 四月朔日衣更えの折に着る着物 /「百敷や今日宮人はあかざりし花のかとりの白がさねせり」(新葉集)
(2)江佐尚白(えさ しょうはく(?-享保07(1722)0719):江左氏 / 千那の親友で貞亨02年以来の膳所蕉門の一人 / 医者 / 句集『忘梅』がある / しかし、後年、此の書物出版を巡り師弟間が事実上崩壊 / 芭蕉の尚白に対する憎悪は許六宛書簡(元禄060504)に窺える

  
高野(かうや)(1)にて

(1)高野:紀伊国高野山金剛峯寺

670 (こし)のあふぎ礼義(れいぎ)ばかりの御山(おやま)(かな)  一雪(1)

【意】高野山は標高が高く夏でも涼しいので故扇が役立つことはまずない / だから礼儀作法の為ばかりに、腰に挿しているだけである
【解説】季語:あふぎ=三夏 /
(1)椋梨一雪(むくなし いっせつ(生没年不詳)):山城国京の人 / 江戸や阿波にも住んだ / 通称:三郎兵衛/ 別号:牛露軒 / 貞徳門下 /『あら野』に入句

【小生 comment
 次回は、俳諧七部集『あら野』から〔69回/巻之八~第671句~680〕をご紹介する。お楽しみに!

■続いては、0205(金)に、旧東海道「坂下宿 荒井谷一里塚跡」→「片山神社」→「鈴鹿峠」→「土山宿 山中一里塚跡」→「万人講常夜燈」→「土山宿〔土山一里塚跡〕」→「東海道 猪鼻村」を一往復〔20.2 26,343歩〕巡り歩いて来たので、其の模様についてお伝えする

0430分 起床→腹筋2,000回→
0520 2.5kg木刀素振り50
0610分 入浴→朝食→
0640分 拙宅発→一般道→飛島IC→ 伊勢湾岸 →東名阪→亀山IC〔料金1,500円〕→一般道→1時間38 139㎞→
1015分 旧東海道「坂下宿 荒井谷一里塚跡」東方700m程の所に着
1025分 荒井谷一里塚跡着

【坂下宿 西端→荒井谷一里塚跡】

[01][左上]坂下宿西端 同所にて1

[右上]同 同所→鈴鹿峠への Google 航空 map
[左下]同 同所にて2
[中下]荒井谷一里塚跡の東方100m手前から同所遠望
[右下]荒井谷一里塚跡にて1

【荒井谷一里塚跡→片山神社へ】

[02][左上]荒井谷一里塚跡にて2

[右上]片山神社への道標
[左下]国道1号線から鈴鹿峠登山口への旧東海道(右側)
[中下]片山神社石碑
[右下]同所にて

【坂下宿~鈴鹿峠・片山神社】

[03][左上]「坂下宿~鈴鹿峠」解説板

 解説板には、片山神社がある辺りから「鈴鹿坂八丁二十七曲り」の急坂が始まり、「東の箱根峠、西の鈴鹿峠」と言われた街道(=東海道)の難所、鈴鹿峠へと続くとある

[左下]同所にて
[右上]片山神社鳥居横の「鈴鹿流薙刀術発祥の地」石碑横にて
[右中]片山神社鳥居前にて
[右下]片山神社鳥居を潜ると社殿への階段

【片山神社】

[04][左上]片山神社 社殿遠望

[右上]同 社殿を back 1
[左下]同 同上2
[中下]同 同上3
[右下]同 鳥居と社殿の間に祀られている小型の社殿にて

【片山神社→鈴鹿峠へ】

[05][左上]東海道鈴鹿峠関宿側登り口~鈴鹿峠への Google 航空 map1

[左下]同上2〔拡大図〕
[右上]片山神社鳥居前から直ぐ北側の東海道鈴鹿峠関宿側登り口1
[右中]同上2
[右下]同上3

【鈴鹿峠へ「鈴鹿坂八丁二十七曲り」の急坂】

[06][左上]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」にて1

[左下]同上2
[右上]同上3
[右中]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」風景1
[右下]同上2

[07][左上]東海道鈴鹿峠関宿側登り口~鈴鹿峠への Google 航空 map3

[右上]国道1号線下の旧東海道「鈴鹿坂八丁二十七曲り」から鈴鹿峠への道の風景
[左下]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」風景3
[中下]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」途次 休憩所看板にて
[右下]芭蕉句碑「ほっしんの 初にこゆる 鈴鹿山」句碑にて

[08][左上]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」途次にあった「鈴鹿峠」解説板1

[右上]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」風景4
[左下]同上5
[中下]「鈴鹿坂八丁二十七曲り」途次にあった「鈴鹿峠」解説板2
[右下]同所にて

1200分 鈴鹿峠着
1230分 坂下宿西端着
1245分 山中一里塚公園着

 丁度、正午に鈴鹿峠に到着した
 偶然とは言え、其の偶然の素晴らしさに気分は爽快になった

[09][左上]鈴鹿峠の関宿側の途次から Google 航空 map にて現在位置を check

 此処等迄来ると、道は平坦になっていた

[右上]鈴鹿峠に程近い関宿側の旧東海道の風景
[左下]鈴鹿峠の石碑にて1
 石碑には「左:三重県 伊勢の国〔是より江戸まで百九里〕/右:滋賀県 近江の国〔是より京まで 十七里〕」と刻んであった
[中下]同上2
[右下]鈴鹿峠 滋賀県側にあった東海道の石碑にて

1215分 鈴鹿峠発→徒歩20分→
1235分 愛車を駐車してある坂下宿西端着
1245分 滋賀県甲賀市土山町山中「山中一里塚公園」〔愛車にて〕着

【鈴鹿峠→山中一里塚公園】

[10][左上]鈴鹿峠と少し滋賀県側に入り、三重県側を振り返った風景

[右上]「第二名神」滋賀県起工の地石碑
[左下]同所にて〔←・背景は、第二名神高架橋〕
[中下]山中地区圃場整備/竣工記念碑にて
[右下]山中一里塚公園石碑にて1

【山中一里塚公園石碑】

[11][左上]山中一里塚公園 同公園石碑にて2

[右上]同 櫟野(いちの)観音道(大原道(おおはらみち))道標〔土山町山中〕解説板
[左下]同 同所にて〔←・左は「いちゐのくわんおん道」と刻まれた石碑〕
[中下]同 馬子唄の碑にて 
[右下]同 第二名神の下にて〔←・右手背景は、第二名神高架橋〕

1325分 山中一里塚公園→鈴鹿峠迄の徒歩「往復」に同公園発→徒歩 1時間10分→
1435分 鈴鹿峠着
1540分 山中一里塚公園〔再度〕着

【山中一里塚公園→鈴鹿峠へ】

[12][左上]山中一里塚公園にて〔此れから(1325分~1540)2時間15分かけて鈴鹿峠迄の往復を歩いた〕

[右上]同 同上〔一里塚緑地石碑〕にて
[左下]同 同所→土山一里塚跡への Google 航空map
[中下]山中一里塚公園から鈴鹿峠へ向かう舊東海道の街並1
[右下]同上2〔信楽の狸の焼き物〕

[13][左上]山中一里塚公園から鈴鹿峠へ向かう舊東海道の街並3

[右上]同 同所にて
[左下]山中一里塚公園→鈴鹿峠への途次にあった休憩所 同所の「山中」石碑横にて
[中下]同 同所の「鈴鹿馬子唄」石碑にて
[右下]同 同所の「鈴鹿馬子唄」解説板

[14][左上]山中一里塚公園→鈴鹿峠への途次にあった休憩所「あいの土山観光案内図」

[右上]国道1号線(=旧東海道)道路脇にあった信楽狸の焼き物 同像横にて
[左下]同〔信楽狸の焼き物像〕
[中下]鈴鹿峠「左 三重県 伊勢の国・右 滋賀県 近江国」石碑にて
[右下]同「東海道」石碑にて

1445分 万人講常夜燈着

【万人講 常夜燈】

[15][左上]「万人講常夜燈」遠望〔鈴鹿峠側から西方を望む〕

[右上]万人講常夜燈 鈴鹿峠コース案内図横にて
[左下]同 同所前にて1
[中下]同 同上2
[右下]同 同上3

【万人講常夜燈→山中一里塚公園へ】

[16][左上]万人講常夜燈 同所前にて4

[右上]同〔万人講常夜燈と解説板〕
[左下]同「万人講常夜燈」解説板
[中下]同 同所から西進すること数分で国道一号線〔-旧東海道〕に合流
[右下]山中交差点

 国道1号線〔=旧東海道〕合流後十数分で「山中」交差点に到る

[17][左上]「東京より435㎞・大津まで50㎞」の標識

 国道1号線を山中交差点から更に2分進と此の標識が現れた

[
右上]鈴鹿峠から山中一里塚公園 同所へ至る旧東海道風景1
[左下]同 同上2〔高架橋は、第二名神〕
[中下]同 同上3〔高架橋の真下から高架橋を撮影〕
[右下]同 同上4〔山中一里塚公園も間近←・道路の先に愛車が見える〕

1550分 道の駅「あいの土山」着
1555分 同所発→徒歩
1610分 土山一里塚跡着
1612分 山中一里塚公園迄の徒歩「往復」に出発→徒歩60分→
1712分 山中一里塚公園「山中一里塚跡」着
1728分 旧東海道「猪鼻村」浄福寺着
1758分 道の駅「あいの土山」着

【土山宿】

[18][左上]土山宿「土山宿案内図」

[右上]同「東海道土山宿解説板」
[左下]同 街並1
[中下]同 同上2〔「東海道近江国/土山宿 生里野(いくりの)」石碑〕
[右下]同 同所にて1

[19][左上]土山宿 街並 同所にて2

[右上]同 同 同上3
[左下]同 街並3
[中下]同 街並 同所にて4
[右下]同 同 同上5

[20][左上]土山宿「土山一里塚跡」同所石碑にて1

[右上]同 同 同所にて2
[左下]同 同 解説板
[中下]同 街並 同所にて6
[右下]同 同 同上7

[21][左上]土山宿 街並 同所にて8

[右上]同 同〔扇屋伝承文化館〕
[左下]同「上島鬼貫(うえしまおにつら(1661-1738))」「お六櫛(ろくぐし)」解説板
[中下]同 上島鬼貫「吹け波()吹け 櫛を買いたり 秋乃風」石碑
[右下]同 街並 同所にて9

【旧東海道「猪鼻村」→山中一里塚公園】

[22][左上]猪鼻村 同村西側入口の石碑

[右上]同 同上石碑の裏から村道を望む
[左下]同 国道1号線「猪鼻」交差点
[中下] Google 航空 map
[右下]山中一里塚公園「石碑」にて1

【山中一里塚公園→猪鼻村】

[23][左上] 山中一里塚公園「石碑」にて2

[右上]国道1号線沿いにあった「あいの土山・山内」の看板
[左下]猪鼻村 浄福寺と同寺解説板
[中下]同 浄福寺
[右下]同 浄福寺入口脇にあった「猪鼻村」解説板

【猪鼻村】

[24][左上]浄福寺入口脇にあった赤穂浪士で俳人大高源吾(子葉)「いの花や早稲のまもるゝ山筏()ろし」の石碑

[右上]同上にて
[左下]猪鼻村の村道風景1
[中下]同上2
[右下]今日一日の踏破距離20.2kmと歩数26,343

 今日も20.2 26,343歩歩いた
 東海道五十三次も、あと「水口」「石部」「草津」「大津」を残すだけになった
 此の調子で行くと、終点の「京都三条大橋」には3月中旬頃に到着出来そうだ
 帰りは、朝以上に高速道路料金を節約し、伊賀市名阪道 鈴鹿IC→伊勢湾岸自動車道 湾岸長島ICだけ利用したので950円で済んだ()
 京都三条大橋への到達が今からホント楽しみである

1810分 道の駅 あいの土山→一般道→鈴鹿IC→東名阪→伊勢湾岸→〔料金950円〕→湾岸長嶋IC→一般道159㎞→
2058分 帰宅〔走行距離計 320km〕〔了〕

【後記】
 2021/02/16 今朝撮影した拙宅の中庭に咲いた満開の白梅の花々!

[25]拙宅の中庭に咲いた満開の白梅花


【前書】今宵、拙宅応接間に飾りし洪牙利人画家 デアクが油彩画『懐かしのブダ』改めて見、印象派画風に魅力風格を感じ詠める

  早春にまだ見ぬブダの美を想ふ  悟空

[26]デアク『懐かしのブダ』


 では、また‥〔了〕

 
ブログへは【0626】号迄のback numberURL:http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog ←此処をclickして下さい

0 件のコメント:

コメントを投稿