今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第16回/第141句~150句〕」をご紹介する。
141
萬歳(まんざい)(注1)のやどを隣(となり)に明(あけ)にけり 荷兮
【意】萬歳師が新年に家々を回る為、遠くから遣って来て我が家の隣を定宿にして新年を迎える
/ 文字通り「春(=彼等)を隣にして年が明けた」ヨ
【解説】季語:萬歳=新年
/ 向井去来の句に「萬歳や左右にひらいて松の蔭」がある(注1)萬歳:正月門口で縁起のよい口上を述べながら舞を披露する門付け芸人のこと
142
巳(み)のとしやむかしの春のおぼつかな 同
【意】今年は「巳の年」/
其の年頭に当たり思い浮かぶことは、「春」と聞けば、昔、西行が盛んに詠んだ「桜花」のことばかりだ / 桜花のことが気になって仕方がない
【解説】季語:春=春
/ 中七・座五「むかしの春のおぼつかな」で、西行の「おぼつかな春は心の花にのみいづれの年かうかれそめけむ(【意】はっきりとは覚えていないが、春になると桜花に心が浮かれ出す様になったのはいつ頃からだったろうか?)」西行/〔山家集〕」を踏まえたか‥ /「巳の年」の意味不明
143
我(われ)は春(はる)目め)かどに立(たつ)るまつ毛(げ)哉(かな) 僧 般斎(注1)
【意】年頭、松を門に立てる(=角松)のが世間一般の行事だが、私は、門ならぬ目の角(かど)に、松ならぬ睫毛(まつげ=逆睫毛(さかまつげ))を立てて仕舞い痛い目をしている
【解説】季語:春=春
/ 逆睫毛の痛さを詠む / 談林俳句の典型(注1)加藤般斎(かとう ばんさい((?)-延宝02.08.11(1674.09.10))9:摂津国大坂の僧侶 / 通称:新太郎 / 貞門門下の歌人・俳人 / 別号:盤斎・磐斎・等空etc.
144
我等式(われらしき)(注1)が宿(やど0)にも来(く)るや今朝(けさ)の春 貞室(注2)
【意】私等如き卑しい者達にも平等に新春は遣って来るヨ
【解説】季語:今朝の春=春
/ 此れは安原貞室の1672(寛文12)年の歳旦句の転載 / 和歌題「貴賤迎春」を「われらしき」という俗語で表現したもの(注1)我等式:「自分等如き人間」=卑下した表現
(注2)安原貞室(やすはら ていしつ(1610-寛文13.02.07(1673.03.25(享年64歳)))):江戸前期の俳人 / 本名:正章(まさあきら) / 俳号:一嚢軒・腐俳子etc. / 山城国京都の紙商 / 松永貞徳(注3)の高弟 / 松江重頼(1602(慶長07)-1680.07.24(延宝08.06))との論争(←・重頼の『毛吹草』を貞室が『氷室守』で論破している‥)は有名 / 貞徳没後はその俳統の相続者の如く振舞う / 編著:「玉海集」・「正章千句」・「かたこと」等 / 芭蕉の師の北村季吟(注4)は貞室の門弟から貞徳の門に入った
(注3)松永貞徳(まつなが ていとく(1571(元亀02年)-1654.01.03(承応02.11.15))):江戸時代前期の俳人・歌人・歌学者)
(注4)北村季吟(注4)(きたむら きぎん(1625.01.19(寛永01.12.1)-1705.08.04(宝永02.06.15))):江戸時代前期の歌人・俳人・和学者
初春
145
若菜(わかな)つむ跡(あと)は木(き)を割(わる)畑(はたけ)哉(かな) 越人
【意】春の七草を摘んだ此の畑では、まだ畑仕事は無く薪割り場に使う位だナ
【解説】季語:若菜=新年
/ 新春から本格的農繁期になる前の一月は、百姓は一年中で最ものんびり出来た時期
146
精(せい)出(だ)して摘(つむ)とも見えぬ若菜(わかな)哉(かな) 野水
【意】新春最初の農作業が若菜摘み
/ 何処か正月気分が残っており、長閑(のどか)な雰囲気が漂う句
【解説】季語:若菜=新年
/
147
七草(ななくさ)をたゝきたがりて泣子(なくこ)哉(かな) 津島 俊似(注1)
【意】正月七日の朝、七草粥を作る為に俎板の上で七草を刻む際、「唐土(もろこし)の鳥と日本の鳥と‥」等と囃し立て乍ら棒で俎板を叩く / 此の作業を見ていた幼子が「自分にもやらせろ」と言って泣き叫ぶ
/ 当時の習俗の一場面を詠んだ
【解説】季語:七草=新年
/(注1)伊藤俊似(いとう しゅんじ(生没年不詳)):尾張国津島の人 /『あら野』他多数に入句
148
女(をんな)出(で)て鶴(つる)たつあとの若菜(わかな)哉 加賀 小春(注1)
【意】女たちが鶴の餌場である畑に登場した
/ 若菜を摘む為だ / すると、鶴たちは驚き飛び立って行った
【解説】季語:若菜=新年
/(注1)亀田小春(かめだ しょうしゅん((?)-1740.03.01(元文05.02.04))):加賀国金沢の門人 / 薬種商人・宮竹屋亀田伊右衛門 /『奥の細道』の旅で金沢を通過した折に蕉門に入門 / 芭蕉自筆書簡が残る
149
側(そば)濡(ぬれ)て袂(たもと)のおもき礒菜(いそな)(注1)かな 藤羅(注2)
【意】若菜摘む古歌の世界に礒菜というものがあるそうだが、さぞや袂が濡れて重いことだろう
【解説】季語:礒菜(いそな)=新年 /
(注1)礒菜(=磯菜(いそな)):「歌語」/ 古代、若菜は野ではなく磯辺で摘んだと云われている / 磯に野菜か、磯の海草を磯菜と呼んだのかは不明
(注2)藤羅(とうら(生没年不詳)):美濃国岐阜の人 /『あら野』に入句
150
吾(わが)うらも残(のこ)してを(=お)かぬ若菜(わかな)哉 岐阜 素秋(注1)
【意】我家の裏の畑に大勢の女たちが若菜摘みに来て綺麗さっぱりと若菜を皆摘んで行って仕舞ったヨ
【解説】季語:若菜=新年
/ 当時、若菜摘みは、田畑所有者に遠慮なく採取出来た風習であった(注1)素秋(そしゅう(生没年不詳)):美濃国岐阜の人 /『あら野』に入句している
【小生 comment】
次回は、俳諧七部集『あら野』から〔第17回/第151句~160句〕をご紹介する。お楽しみに!
■続いては、先週02月23日(日)17時00分から名古屋市栄にある愛知県芸術劇場コンサートホールにて開催された女流 Violinist アンネ=ゾフィー・ムター(1963- )の Violin Recital を聴いて来た。そして、ついでに其の前の時間を利用して、新栄(名古屋市東区葵1丁目)にあるヤマザキマザック美術館にて開催中の『フランスに生きた日本人画家
木村忠太(1917-87)』展を見て来た模様を、先ず『木村忠太』展の模様からお伝えする。
此の日は久しぶりにゆっくり起きた。
07時15分 起床→腹筋 2,000回
08時30分 木刀素振り60分09時45分 入浴→Brunch
10時45分 雑事
13時33分 拙宅発→自転車→
14時02分 豊橋駅発→名鉄快速特急→14時49分 金山駅着
14時57分 金山駅着→地下鉄名城線→栄→地下鉄東山線→新栄駅→
15時20分 ヤマザキマザック美術館着
【ヤマザキマザック美術館『木村忠太』展】
[01]ヤマザキマザック美術館入口前にて1
[02]同上2
[03]オーギュスト・ロダン(1840-1917)『ジャン・ド・フィエンヌ裸像』(「カレーの市民」のうちの一体)
[04]同館内lobby/アントワーヌ・ブールデル(1861-1929)『アダム』像の横にて
[05]同館内lobby/美術館入口にて
[06]本企画展leaflet(表)
[07]同上(裏)
[08]木村忠太『マルヌ河の運河』1966年〔愛知県美術館〕
[09]同『デュルス通り』1967年〔個人蔵〕
[10]同『テラス』1970年〔個人蔵〕
[11]同『クロ・サン・ピエールの段々畠』1972年〔個人蔵〕
[12]同『花』1974年〔個人蔵〕
[13]同『セーヌ河畔』1975年〔ヤマザキマザック(株)〕
[14]同『ファイアンス村』1977年〔個人蔵〕
[15]同『ファイアンス』1978年〔豊橋市美術博物館蔵〕
[16]同『樹木』1980年〔個人蔵〕
[17]同『樹の下(木陰)』1983年〔個人蔵〕
[18]同『五月』1983年〔三重県立美術館〕
[19]同『七月のプロヴァンス』1985年〔個人蔵〕
[20]同『雨雲』1987年〔三重県立美術館〕
木村忠太(1917-1987)は、高松市に生まれた。
1953年 彼が36歳の時、渡仏し同国に定住、南仏やParisで風景を描き続けた。
題材は、現実の風景だが、見事な色彩感覚で抽象画風の絵を描き続けた。
彼の作風は、一見、明確な抽象画に見えるが、注視してみると、矢張り風景画である。
混沌とした様に見えるが、確りとした構図になっていて、色彩も原色はなるので、大変落ち着いた印象を見る者に与える。
一瞬、文化勲章受章者で抽象画家の野見山暁治(1920- )の絵を頭に浮かべたが、明らかに画風が異なる。
2011.12.24付【時習26回3-7の会 0373】「12月09日:『野見山暁治展』を見て」ご参照。
http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/26-037312092-ac.html
小生、木村忠太の作品を纏めて見たのは、今回が初めてだが、彼の絵が大変好きになった。
【ヤマザキマザック美術館『常設』展】
以下にご紹介する作品10点はいずれも撮影OKのもの(為念)。
[21]エミール・ガレ(1846-1904)『蜻蛉文脚付杯』1904年頃
[22]同『蘭文花器』1900年頃
[23]ルイス・カムフォート・ティファニー(1848-1933)『ケシ文ランプ』1900-10年
[24]アンリ・ル・シダネル(1862-1939)『雪の下の藁葺屋根』制作年不詳
[25]エミール・ガレ『ペン皿「緑色の善良な小市民」』1900年
[26]Marie
Laurencin(1883-1956)『シェシア帽を被った女』1938年
[27]エミール・ガレ『ジャーマン・アイリス文花器(左奥)&蝶にカラス麦文花器(右手前)』1898年(左奥)・1890年代(右手前)
[28]
ルイス・カムフォート・ティファニー『蜻蛉文lamp』1900-10年
[29]アンドレ・ドラン(1880-1954)『長椅子の裸婦』1934-39年
[30]同『エーヴ・キュリー(1904-2007)の肖像』1934-39年
エーヴ・キュリーは、フランスの芸術家・作家
/ 物理学者ピエール・キュリーと物理学者・化学者マリー・キュリーの次女で、イレーヌ・ジョリオ=キュリーは彼女の姉。1937年に母の伝記『キュリー夫人』を書いた。
15時55分 ヤマザキマザック美術館発→徒歩17分→
16時12分 愛知県芸術文化センター着
【愛知県芸術劇場コンサートホール『アンネ=ゾフィー・ムター Violin Recital』】
[31]愛知県芸術劇場コンサートホール入口にて
[32]同ホールホワイエにて
[33]本演奏会leaflet(表)
[34]同上(裏)
[35]本演奏会program
[36]アンネ=ゾフィー・ムター
[37]開演前の本Recital会場1
[38]同上2
[39]旧行時代の同期佐藤君とホワイエにて
[40]Encore一覧の掲示紙の横にて
19時37分 金山→名鉄特急→豊橋→自転車→
20時55分 帰宅〔了〕
【小生 comment 】
先週の諏訪内晶子の Violin Recital に続いて、今日は、アンネ=ゾフィー・ムターの同じく Beethoven Zyklus で、曲目も、諏訪内晶子が Violin Sonata
No.5「春」・No.7・No.9「クロイツェル」であったのに対して、ムターは、No.4・No.5「春」・No.9「クロイツェル」と、2曲が同じだった。二人は、年齢こそムターが9歳年長だが、violinist としての技量と美貌は一流で「天は二物を与えず」という格言が嘘の様に感じるくらい恵まれている。
今日のムターの演奏は彼女の十八番の曲目だけあって、余裕が感じられた名演だった。
「先週の諏訪内晶子と甲乙付け難い名演だった」と言いたい処だが、矢張り、ムターの演奏の方が優れていたと感じたのは、佐藤君も同様だった。〔了〕
【後記】今日は、晩唐の詩人杜牧(803-852)の「漢江」をご紹介してお別れする。
漢江 / 杜牧
溶溶漾漾白鴎飛
緑浄春深好染衣南去北來人自老
夕陽長送釣船歸
溶溶(ようよう)(注1) 漾漾(ようよう)(注2)として
白鴎(はくおう)飛ぶ
緑(みどり)浄(きよく) 春深くして 衣を染(そ)むるに好(よ)し南去 北来 人 自(おの)ずから老ゆ
夕陽(せきよう) 長く送る 釣船(ちょうせん)の帰るを
(注1)溶溶(ようよう):水が豊かに満ちる様子
(注2)漾漾(ようよう):波が揺れ動く様子
【意】漢江の流れは、豊かに、波はゆらゆらと光に揺れ、その上を真っ白なカモメが飛んでいる
水は緑色に浄(す)み、春は深まり、私の此の衣迄春色に染まっていく感じだだが、俗務に縛られ南へ北へと往来している中(うち)に、人は老いていく
気付くと、夕陽は何処迄も長く、帰っていく釣船を照らしている
[41]杜牧の「漢江」の詩の情景を image した画像
(01) (02)
(04) (03)
(注)上記写真は、杜牧の「漢江」の詩の情景を image した画像
〔‥左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順‥〕
(01)「溶溶漾漾白鴎飛」を image した画像
(02)「緑浄春深好染衣」を image した画像
(03)「南去北來人自老」を image した画像
(04)「夕陽長送釣船歸」を image した画像
【小生 comment 】
中国の長江の支流「漢水(=漢江)」は、陝西(せんせい)省に源を発し、今コロナ肺炎で注目されている武漢で長江に合流する。
此の詩は、春の情景と人生の儚さの両面を詠んだ名詩である。
起句と承句は、漢水の畔に立つ作者の眼前に映った春の情景である。
大河 漢江は水を満々と湛え、波が揺れ動く上を白鴎が飛ぶ様(さま)を立体的に描き、其の中に存在する自分は、其の春の情景と一体化していく、と読む。実に巧い表現だ。
転句は、作者 杜牧が、都長安【北】から江南【南】の地方官と過ごした時代、幾度と【南】【北】を往来しているうちに年をとって仕舞った、と其の人生の儚さの感慨を詠う。
そして、結句で再び眼前の現実の情景に戻り、夕陽に映し出される釣船が、其の日の幕引きを、そして杜牧自身の人生の黄昏を重ね合わせる、と絶妙な仕掛けになっている。
小生、此の詩も大好きな作品である。〔了〕
では、また‥〔了〕
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