今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第17回/第151句~160句〕」をご紹介する。
151
石釣(いしつり)(1)てつぼみたる梅(うめ)折(をり)しけり 玄察(注2)
【意】未だ蕾の儘の高い所にある梅の枝を折ろうと、石釣を使って折り取ったたヨ
【解説】季語:梅=初春
/(注1)石釣(いしつり)」:紐の先に石をつけてそれを投げて遠方の枝に巻きつける / 紐を引き付けると枝についているものを取ったり折ったりすることが出来る
(注2)玄察(げんさつ(生没年不詳)):尾張国の人 /『あら野』に入句
152
鷹(たか)居(すゑ)て折(おる)にもどかし梅の花 鴎歩(注1)
【意】鷹狩の帰り道、路傍に咲いた綺麗な梅花を折りたいと思うのだが、鷹を抱いている為体が自由にならない
【解説】季語:梅の花=初春
/(注1)鴎歩(おうほ(生没年不詳)):美濃国岐阜の人 /『あら野』に入句している
153
むめの花もの(注1)氣(き)にいらぬけしき哉(かな) 越人(注2)
【意】此の梅の花の凛として超然たる雰囲気はどうだ
/ 寡黙に不満を耐え忍んでいる人の様だヨ
【解説】季語:むめの花=初春
/(注1)もの:「気に入らぬ」を形容詞的な一語として、其れに掛かる接頭語の働きをする /「ものむつかしげ」「ものつつまし」「ものうし」等の「もの」と同じ扱い
(注2)越智越人(おち えつじん(1656(明暦02)-1739(元文04(?)):江戸時代前期の俳諧師 / 別号:槿花翁(きんかおう) / 越後に生まれ、尾張国名古屋にて紺屋(こうや・こんや=染物屋)を営む / 1684(貞享元)年 芭蕉に会い蕉門に入門 / 尾張蕉門の重鎮で蕉門十哲の一人 / 1688(貞享05)年「更科紀行」の旅に同行 / 名古屋に縁のある越人の墓所は、浄土真宗本願寺派「転輪山長円寺(名古屋市中区栄二丁目4-23)」/ 墓石には「負山氏越人叟之墓」とある
154
藪(やぶ)見(み)しれ(注1)もどりに折らん梅の花(はな) 落梧(注2)
【意】此の薮はきちんと覚えておこう
/ 帰りに此処の梅の花を一枝折って持って帰るから‥
【解説】季語:梅の花=初春
/(注1)見しれ:きちっと区別して記憶しておくこと / 判別しておくこと
(注2)安川落梧(やすかわ らくご((?)-元禄04(1691)年5月(享年40歳))):1688(貞亨05)年以来の美濃蕉門 / 通称:助右衛門 / 呉服商「萬屋(よろずや)を営む /『笈日記』等に入句 /『瓜畠集』を編集するも、病いに倒れ未完 / 長良川に近い稲場山城の山陰に別邸を所有 / 芭蕉は、『笈の小文』の旅の途次、此処に立ち寄った /「奥の細道」へ出立直前の1689.05.12(元禄02年03月23日) 芭蕉は落梧宛に紙一束受贈の礼状を残している / 此れが「奥の細道」出立日付確定に役立った
155
梅(うめ)折(をり)てあたり見廻(みまわ)す野中(のなか)かな 一髪(注1)
【意】梅花の色香に惹かれて遣って来て夢中に綺麗な枝木を折り取った
/ そうしたら漸く辺りを見回す余裕が出来て、野中に居る自分の存在を知った
【解説】季語:梅=初春
/(注1)一髪(いっぱつ(生没年不詳)):美濃国の人 /『あら野』等に多数入句 / 人物について詳細不明
156
華(はな)もなきむめのずはい(注1)ぞ頼もしき 冬松(注2)
【意】梅の木が其の枝先に、更に細く若い枝を伸ばしている
/ まだ何もつけていない其の枝先にやがて見事な花を咲かせる日が来ることを思えば、今から楽しみなことである
【解説】季語:むめ=初春
/(注1)ずはゐ:末枝、若枝
(注2)冬松(とうしょう(生没年不詳)):詳細不明 /『あら野』などに入句
157
みのむしとしれつる梅のさかり哉(かな) 蕉笠(注1)
【意】どの枝も今を盛りと咲いている梅の枝の中に、何故か花の無い小枝がある
/ よく見ると、それは梅の小枝ではなくて蓑虫の蓑だったヨ
【解説】季語:梅=初春
/(注1)蕉笠(しょうりつ(生没年不詳)):美濃国岐阜の人 /『あら野』に入句
網代(あじろ)民部(みんぶ)(注1)の息(そく)に逢(あひ)て
(注1)網代民部:足代弘氏(ひろうじ) / 号:神風館 / 伊勢外宮の御師 / 国学者 / 談林の俳諧を嗜む
/ 息子は弘員(ひろかず) / 号:雪堂 / 1683(天和03)年 父弘氏の死去に伴い、国学・俳諧を継承 / 神風館二世を称した
/ 網代民部雪堂は外宮の三方家師職 / 龍尚と並ぶ伊勢俳壇の重鎮 /
158梅の木になを(=ほ)やどり木(ぎ)や梅の花 芭蕉
【意】見事な梅の古木に、また一層見事な梅の木がヤドリギした様に、亡父の雅名を辱めず風雅の花を咲かせておられますネ
【解説】季語:梅の花=初春
/ 梅の木は梅の老木で父神風館を指し、咲いた梅の花は息子雪堂を指して挨拶吟とした / 1688(貞享05)年 春の作
159
うぐひすの鳴(なき)そこなへる嵐(あらし)かな 長良 若風(注1)
【意】早春の嵐の寒風に調子が狂わせたのだろう
/ 鶯の初音の稚拙なことヨ /
【解説】季語:うぐひす=三春
/ 鶯の初音の稚拙な鳴き声に、此の嵐だから仕方ない、と興じた句(注1)若風(じゃくふう):詳細不明
160
鶯(うぐひす)の鳴(なく)や餌(え)ひろふ片手(かたて)にも 去来(注1)
【意】鶯は一所懸命に鳴くものだとばかり思っていたが、餌を拾い乍ら其の片手間でも啼くのだナ
/
【解説】季語:鶯=三春
/ 鳥だから「羽」なら解るが「片【手】にも」という処が俳諧(注1)向井去来(むかい きょらい(1651-1704)(慶安04年-宝永元年):肥前国長崎の儒医向井玄升の次男 / 本名:向井平次郎 / 父は当時著名な医学者で、宮中儒医も務めた / 当初去来も医者を志す / 兄元端も宮中の儒医 / 1684(貞享元)年、去来は其角の紹介に撚り芭蕉と出会った / 嵯峨野に別邸「落柿舎」を所有 / 芭蕉は此処で『嵯峨日記』を執筆 /『猿蓑』同人 /『去来抄』を執筆
【小生 comment】
次回は、俳諧七部集『あら野』から〔第18回/第161句~170句〕をご紹介する。お楽しみに!
■続いての話題である。先週02月29日(土)は、名古屋東区のN歯科医院に月例の歯科健診に行ったついでに、以下の行程で4つの美術館&貨幣資料館を、大垣市守屋多々志美術館『あおによし 古都を描く』展→加藤栄三・東一記念美術館『加藤栄三・東一とゆかりの画家たち』展→三菱UFJ銀行貨幣資料館『広重 復刻版画 六十余州 名所図会【後期】』展→『陣屋』→杉本美術館『健吉と巡りヨーロッパ』展と巡って来たことについてご報告する。
此の日は以下の通り行動した。
03時15分 起床→腹筋 2,000回
04時15分 木刀素振り60分05時20分 入浴→Brunch
06時04分 拙宅発→一般道3時間 135km→
08時32分 大垣市 住吉燈台着
【大垣市住吉燈台】
[01]船町住吉燈台にて1
[02]住吉燈台と其の解説板
[03]同所の繋船
[04]同所にて
08時38分 大垣市
住吉燈台発→一般道 3分 500m→
08時41分 大垣城公園着
【大垣城の春】
[05]大垣城をbackに1
[06]同上2
[07]大垣城をbackに桜花の向こうの戸田氏鐵像1
[08]同上2
[09]大垣城をbackに1
[10]同上2
08時53分 同所発→一般道 3分 200m→
08時57分 大垣市守屋多々志美術館近隣駐車場着09時00分 同館入館
【大垣市守屋多々志美術館】
[11]大垣市守屋多々志美術館前にて
[12]本企画展leaflet(裏)部分
[13]守屋多々志『無明』1984年
[14]同『天平の楽人』1985年頃
[15]同『悔過(持統天皇)』1987年
10時10分 岐阜公園堤外駐車場着
[16]岐阜公園入口の若き織田信長像前にて
[17]岐阜公園から金華山頂上の岐阜城遠望
【加藤栄三・東一記念美術館『加藤栄三・東一とゆかりの画家たち』展』
[18]加藤栄三・東一記念美術館入口前にて
[19]本企画展leaflet
[20]本美術館入場券/絵は、加藤栄三『鵜』
[21]加藤栄三(1906-72)
[22]加藤東一(1916-96)
[23]加藤栄三『フィレンツェの夜明け』
[24]加藤東一『黙』
【金田千加子『洋画展~愛しき者たちへ~』展】
[25]金田千加子(1958-
)氏
[26]金田千加子『夢幻と静物ll』1989年
[27]同『主役からのおくりものll』1998年
[28]同『愛しきものたちへ』2016年
[29]同『fermata(フェルマータ)』2017年
10時43分 岐阜公園堤外駐車場発→一般道 1時間13分 39㎞/196㎞→
11時56分 らあめん専門店『陣屋』近隣駐車場着
12時00分『陣屋』入店
【らあめん専門店『陣屋』〔昼食〕】
[30]オズモール
monumentの前にて
[31]らあめん専門店『陣屋』入口前にて
[32]『陣屋』counter奥に掲示されている藤井聡太七段の「二十七手詰図」「飛翔」「藤井七段と『陣屋』店主夫妻」
[33]小生の超定番「チャーシュー麵」
12時58分 三菱UFJ銀行貨幣資料館近隣駐車場着
13時02分 三菱UFJ銀行貨幣資料館着
【三菱UFJ銀行貨幣資料館『広重 復刻版画 六十余州 名所図会【後編】』】
[34]三菱UFJ銀行貨幣資料館入口前にて
[35]同館内入口/本企画展leaflet前にて
[36]オーストリア貨幣
[37]オーストリア貨幣~真ん中上下:オーストリア女帝『マリアテ・レジア』
[38]本企画展leaflet
[39]歌川広重『38/丹後・天の橋立』
[40]同『40/因幡・加路小山』
[41]同『53/紀伊・和か之浦』
[42]同『55/阿波・鳴門の風波』
[43]同『61/豊前・羅漢寺
下道〔耶馬渓/青の洞門〕』
[44]同『64/肥後・五ヶの庄』
[45]同『65/日向・油津ノ湊
飫肥(おび)大嶌』
[46]同『66/大隅・さくらしま』
13時35分 N歯科医院駐車場着
14時00分 N歯科医院~歯科健診→
14時27分 同所駐車場発→一般道→大高IC→知多自動車道(料金 : 680円)→美浜IC→ 1時間14分 54km/252km→
15時41分 杉本美術館着
【杉本美術館『健吉とヨーロッパを巡る』展】
[47]杉本美術館入口前にて
[48]同館内/本企画展看板前にて
[49]本企画展leaflet
[50]杉本健吉『アッシジ』1962年
[51]同『モンマルトル』1977年
[52]同『アムステルダム』1981年
[53]同『サンジェルマン』1984年
18時15分 帰宅〔了〕走行距離計 330km
【小生 comment 】
今日は、走行距離が330kmと結構な距離になった。守屋多多々志と加藤栄三・東一兄弟の日本画、歌川広重の版画、杉本健吉の洋画と、夫々genreは違うが、個性豊かな巨匠たちの名画を鑑賞出来て大変満足出来た一日を過ごすことが出来た。
再来週の03月24日(土)は、前日23時25分発の高速夜行バスほの国号で上京し、「東京都」「国立西洋」「東京孤立近代」「国立新」「静嘉堂文庫」「中村屋サロン」と6つの美術館の企画展を巡視して来る予定で、、今から楽しみにしている。
■今日最後の話題は、拙宅に咲いている春の花々の様子についてである。
【拙宅の春の花】
Spring has come. だ。
拙宅の庭に春の花々が咲き出した/百花繚乱迄あと一歩だ!
沈丁花 恋路に誘(いざな)ふ かほりかな 悟空
[54]沈丁花
[55]拙宅の庭に咲いた椿の花1
[56]同上2
[57]同上3
[58]拙宅の庭に咲いたエンドウの花
渥美半島
まがると 風が海ちかい 豌豆畑 山頭火
※ ※ ※
凛とした 豌豆の花 春来しか 悟空〔了〕
【後記】今日は、中唐の詩人韋応物(737-(?))(注2)の「滁州西澗」をご紹介してお別れする。
滁州西澗(注1) / 韋応物(注2)
独憐幽草澗辺生
上有黄鸝深樹鳴春潮帯雨晩来急
野渡無人舟自横
独(ひと)り憐れむ 幽草の澗辺(かんぺん)に生ずるを
上(うえ)に黄鸝(こうり)の 深樹(しんじゅ)に鳴く有り春潮(しゅんちょう) 雨を帯びて晩来(ばんらい)急なり
野渡(やと)人(ひと)無く 舟(ふね) 自(おのず)から横たわる
谷川の畔(ほとり)に茂るゆかしい草を愛(いと)おしく思う
深い林の奥で、上の方から高麗鶯(うぐいす)の声が聞こえる雨を含んで、春の水の流れは日暮れに激しさを加え
野の渡しには人の姿もなく、舟が横たわっている
[59]韋応物(737-791(?))作「滁州西澗」を image した画像
以下の写真は、韋応物の「滁州西澗」の詩の情景を image した画像〔‥左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順‥〕
(01)「独憐幽草澗辺生」を
image した画像(02)「上有黄鸝深樹鳴」を image した画像
(03)「春潮帯雨晩来急」を image した画像
(04)「野渡無人舟自横」を image した画像
(注1)澗(かん):正しくは「門構えの中に【月】」
(注2)韋応物(737-791(?)):中唐の詩人 / 京兆府杜陵県(現・陝西省西安市雁塔区三兆邑西北)の出身 / 曾祖父は則天武后治世時代の宰相の韋待価 / 北周朝からの名門の家 / 玄宗に近衛士官(三衛郎)として仕えた / 安史の乱後に失職した後、下級の地方官を幾つか務めた
/ 786年 蘇州刺史就任 / 822年 白居易が蘇州刺史に赴任して来ると引退、寺院に寓居したとも伝わるが、事実ならば85歳であることになるが、定かでない / 彼の詩風は、清遠閑雅な趣があり、自然を詠んだ詩人、盛唐の王維と孟浩然、中唐の柳宗元ら3人と共に「王孟韋柳(おう-もう-い-りゅう)」と称される
【小生comment】
明治の文豪
夏目漱石(1867.02.09-1916.12.09)は、漢籍にも精通し、彼の漢詩は傑作が多いことで知られている。漱石には、上記の韋応物『滁州西澗』を意識した傑作がある。漱石の『春日偶成』も極めて絵画的で、長閑な春の日の川辺の情景がはっきりと目に浮かんで来る傑作だ。
春日偶成(しゅんじつぐうせい) 夏目漱石
渡口春潮静
扁舟半柳陰漁翁眠未覚
山色入江深
渡口(とこう) 春潮(しゅんちょう)静かに
扁舟(へんしゅう) 柳陰(りゅういん)に半(なかば)ばす漁翁(ぎょおう) 眠り未(いま)だ覚めず
山色(さんしょく) 江(こう)に入(いり)りて深し
渡し場に、春の日の川の流れは静かだ
川岸の柳の木陰に半ば隠れた小舟が見える舟には歳老いた漁師はずっと眠った儘だ
川面(かわも)には、山の姿が深く浸る様に映っている
【小生 comment 】
前《会報》にてお伝えした、杜牧「漢江」、今回の韋応物「滁州西澗」、夏目漱石「春日偶成」のいずれも極めて絵画的な名詩である。小生、芸術作品は、音楽・美術・詩歌(漢詩・短歌・俳句を含む)いずれも綺麗なものが大好きである。
では、また‥〔了〕
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