2020年4月18日土曜日

【時習26回3−7の会 0806】~「松尾芭蕉:俳諧七部集『あら野』から〔第24回/第221句~230句〕」「04月11日::拙宅から母校時習の丘への逍遥『拙宅中庭の花海棠』→『豊橋東高校』→『時習館高校』→『路傍の花々~山田橋』を巡って」「杜甫(712-770)『絶句二首』其一・其二〔五言絶句〕&『絶句』〔七言絶句〕」

■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回37の会 0806】号をお届けします。
 今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第24回/第221句~230句〕」をご紹介する。

221 手をついて歌(うた)(まうし)あぐる蛙(かはづ)かな  山崎宗鑑(1)
 
【意】蛙が鳴いている姿をみると、成程「畏まって手をついて御詠歌を奏上している姿」だと納得出来る
【解説】季語:蛙(かはづ(かわず))=三春 / 古今集仮名序に「花に鳴く鶯、水にすむ【蛙】の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」とある様に、「蛙」は歌を詠む代表とされて来た /
(1)山崎宗鑑(やまざき そうかん(1465(?)-1553(?)):志那弥三郎範重 / 彼の伝記は殆ど知られていない / 足利義尚(あしかが よしひさ(1465-89):室町幕府第9代将軍(在職:1473-1489))に仕えたが、後に剃髪 / 山城国山崎に移り油売りを生業としたと云う /荒木田守武(あらきだ もりたけ(1473-1549):戦国時代の伊勢神宮祠官・連歌師)と並び「俳諧の祖」と云われている / 辞世歌:「宗鑑はいづこへと人の問うならば / ちとようありてあの世へといえ」
 
222鳴立(なきたて)ていりあひ聞(きか)ぬかはづかな  落梧(1)

【意】蛙たちは、鳴き立てて入相の鐘の音を聞くまいとしているかの様だ / 情緒ある鐘の音に単に興味がないだけなのか、それとも寂しさを想像させる鐘の音を敢えて聞きたくなくて鳴き立てているのか?
【解説】季語:かはづ=三春 /
(1)安川落梧(やすかわ らくご(1651(?)-1692(元禄0405)(享年40)))1688(貞亨05)年以来の美濃国の門人 / 通称:助右衛門 / 呉服商を営む萬屋(よろずや)の主人 /『笈日記』などに入集 / 長良川に近い稲場山城の山陰に別邸を持ち、『笈の小文』の旅の途次、芭蕉は此処に立ち寄った /「奥の細道」に出立する直前の1689.05.12(元禄02323) 芭蕉は落梧宛に紙一束受贈の礼状を書いており、此れが「奥の細道」出発の日付確定に貢献
 
223あかつきをむつかしさうに鳴(なく)(かはづ)  越人(1)

【意】古来、和歌題に「夕蛙」というのはあるが、「暁蛙」というのは聞いたことがない / 夜明け前に鳴く蛙の声は何処か「むつかしそうに」聞こえると言った処が俳諧の面白さ
【解説】季語:蛙=三春 /
(1)越智越人(おち えつじん(1656(明暦02)-1739(元文04(?)):江戸時代前期の俳諧師 / 別号:槿花翁(きんかおう) / 越後に生まれ、尾張国名古屋にて紺屋(こうや・こんや=染物屋)を営む / 1684(貞享元)年 芭蕉に会い蕉門に入門 / 尾張蕉門の重鎮で蕉門十哲の一人 / 1688(貞享05)年「更科紀行」の旅に同行 / 名古屋に縁のある越人の墓所は、浄土真宗本願寺派「転輪山長円寺(名古屋市中区栄二丁目4-23)」/ 墓石には「負山氏越人叟之墓」とある
 
224いくすべり骨(ほね)(=)る岸(きし)のかはづ哉(かな)  去来(1)

【意】岸辺の蛙 / 幾度も滑っては池の中に落ちている /
【解説】季語:かはづ=三春 / 苦心する様を「骨折()る」と詠んだ処が俳諧
(1)向井去来(むかい きょらい(1651-1704)(慶安04-宝永元年):肥前国長崎の儒医向井玄升の次男 / 本名:向井平次郎 / 父は当時著名な医学者で、宮中儒医も務めた / 当初去来も医者を志す / 兄元端も宮中の儒医 / 1684(貞享元)年、去来は其角の紹介に撚り芭蕉と出会った / 嵯峨野に別邸「落柿舎」を所有 / 芭蕉は此処で『嵯峨日記』を執筆 /『猿蓑』同人 /『去来抄』を執筆
 
225飛入(とびいり)てしばし水(みづ)ゆく蛙(かはづ)かな  落梧                                                                                                          

【意】水の中に飛び込んだ蛙 / 其の儘四肢を投げ出して伸ばした儘水上を進んでいく
【解説】季語:蛙=三春 / 蛙を観察していて、意外な処の滑稽さが発見された場面を詠んだ処が俳諧

226不図(ふと)とびて後(のち)に居()なを(=)(1)(かはづ)(かな)  津島 松下(2)

【意】陸上の蛙 / ぴょんと飛んだ蛙 / 続けて飛び跳ねて行くのかと思いきや、もう飛ばず、後足をもそもそさせて居ずまいを正しているだけだ / 此の拍子抜けした滑稽さが俳諧【解説】季語:蛙=三春 /
(1)居なほる:坐り直す
(2)松下(しょうか(生年不詳)):尾張国津島の人 /
 
227 ゆふやみの唐網(たうあみ)(1)にいる蛙(かはづ)かな  一井(2)

【意】夕暮れ時に川で投網を打っていると、網に蛙が混じっている / 其の蛙の動きに鈍重さが窺われる 
【解説】季語:蛙=三春 /
(1)唐網(とうあみ):池や川で用いる投網 / 別名:打網(うちあみ)
(2)一井(いっせい(生没年不詳)):尾張国名古屋の蕉門 / 芭蕉は、1688.01.11(貞享40129)『笈の小文』の旅の途中、一井宅に招かれ、「旅寝よし宿は師走の夕月夜」を発句に熱田の蕉門等と七吟半歌仙(『熱田三歌仙』)を巻いた
 
228 はつ蝶(てふ)を兒(ちご)の見()(いだ)す笑(わら)ひ哉(かな)  柳風(1)

【意】「初蝶」は、「鶯や時鳥の初音」の様に初物を喜ぶ中には含まれていないので、大人は気づかない / 幼子が「蝶々だ!」と「初蝶」を見つけて燥(はしゃ)出して大人たちも其の出現を知る / 其処で「子供たちに教えられたネ」と笑いになる
【解説】季語:はつ蝶(初蝶)=初春 /
(1)柳風(りゅうふう(生没年不詳)):人物について詳細未詳 /『あら野』等に入句
 
229 椶櫚(しゅろ)の葉()にとまらで過(すぐ)る胡蝶(こてふ)(かな)  梅餌(1)
【意】椶櫚の樹の前を蝶が飛んでいる / 椶櫚で羽を休めるかと思って見ていたら、其の儘過ぎて行って仕舞った
【解説】季語:胡蝶=三春 /
(1)梅餌(ばいじ(生没年不詳)):美濃国岐阜の人 /『あら野』に2句入句
 
230 かやはら(1)の中(なか)を出()かぬるこてふかな  炊玉(2)

【意】荒々しい草原の茅原の中に迷い込んだ嫋(たお)やかな蝶は中々出て来られない /
【解説】季語:こてふ(胡蝶)=三春 /
(1)かやはら:茅原・萱原
(2)(すいぎょく(生年不詳)):美濃国岐阜の人 /『あら野』に2句入句
 
【小生 comment
 次回は、俳諧七部集『あら野』から〔第25回/第231句~240句〕をご紹介する。お楽しみに!
 
■続いての話題である。
 0411()は、いい天気だった。
 最近の花冷えで、ソメイヨシノがなかなか散らないので春の雰囲気を長く楽しませてくれている。
 コロナウィルス禍の影響で、小生の趣味である、美術館巡りとコンサートホールでの Classical Music 鑑賞が全て臨時休館・休演となり、計画が4月に入ってからの予定は全てオジャン!
 其処で其の日は、先週に引き続き、拙宅附近を walking することにした。
 今日は、以下の通り行動した。
 
0715分 起床
0725分 腹筋2,000(所要時間:1時間)
0840 2.5kg木刀素振り120
1110分 入浴→ brunch
1245分 昼寝(90)
1533分 拙宅〔中庭の花海棠を撮影〕発→
1545分 愛知県立豊橋東高等学校着
 
【拙宅の花海棠/豊橋東高等学校】
 
[01]拙宅中庭の満開の花海棠1

[02]同上2
                  
[03]豊橋東高等学校校門 前にて1

[04]豊橋東高等学校校門
                  
[05]同 前にて2


1554分 大池着
 
【大池の満開の桜】
 
[06]大池の畔にて1
                  
[07]同上2

[08]大池畔の満開の桜花
                  
[09]大池の畔にて3

[10]同上4
                  

1640分 時習館高等学校着
 
【母校・時習館高等学校】
 
【詞書】我等が母校時習館高等学校南門にて~甘い想い出とは無縁だった母校、されど懐かしき母校‥
 
  行く春の母校時習の丘に立ち 想ひ起こすは青春の日々 悟空〔了〕
 
[11]時習館高等学校正門前にて

[12]時習館高校運動場に掲示されている、時習館高校62回生の後輩 鈴木亜由子ちゃん 2020東京五輪出場祝いの看板
                  
[13]時習館高等学校南門にて

[14]同校 南門
                  
[15]同校 運動場


1705分 時習館高等学校発→
 
【山田町の花々/柳生川の菜の花】
 
[16]帰途、山田町の山田橋
                  
[17]同所にて1

[18]同所の花桃の花1
                  
[19]同所にて2

[20]同所の花桃の花2
                  
[21]山田町の山田橋近くの花々‥花桃の花

[22]同上‥名前不明1
                  
[23]同上‥椿花

[24]佐藤町の柳生川の菜の花
                  
[25]今日の walking : 距離と歩数

[26] : route
                  
1810分 帰宅
 
 Walking : 歩行距離 11.1km 14,520
 
  菜の花といふ平凡を愛しけり 富安風生
 
  行く春に 豊橋の良さ 噛み締めむ 悟空〔了〕
 
【後記】今日も、『春に因んだ唐詩』の詩聖杜甫(7120770)の五言絶句二首と七言絶句一首の傑作全3作品をご紹介して締め括ることにする。
 
【 絶句二首 其一 / 杜甫】〔五言絶句〕
 
 遲日江山麗 / 春風花草香
 泥融飛燕子 / 沙暖睡鴛鴦
 
 遅日(ちじつ)(1) 江山(こうざん)(2)(うるわ)しく /
 春風(しゅんぷう) 花草(かそう)(かんば)
 泥(どろ)()けて(3) 燕子(えんし)(4)飛び /
 沙(すな)(5)(あたた)かにして 鴛鴦(えんおう)(6)(ねむ)
 
《意》
 日が伸び暮れるのが遅くなった春の日、川も山も麗しく見え /
 春風が草花の芳(かぐわ)しい香りを運んで来る
 泥が融()ける季節となり、燕(ツバメ)は巣作りの為に飛び交()い /
 川辺の暖まった砂の上には、番(つがい)の鴛鴦(おしどり)が眠っている
 
《語句》
(1)遅日:春の日 / 春は日が長く、なかなか日が暮れないのでこのようにいう
(2)江山:川と山 /「江」は杜甫草堂のすぐ近くを流れる浣花渓(錦江の支流)を指す
(3)泥融:凍りついていた泥が春の日差しで融ける
(4)燕子:燕(つばめ)
(5)沙:川辺の砂
(6)鴛鴦:オシドリ /「鴛」はオシドリの雄、「鴦」は雌 / つがいの仲が睦まじく、いつも一緒にいるとされる
 
[27]杜甫『絶句二首/其一』を image した画像

↑↑上記添付写真は、左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順
(01)「遲日江山麗」を image した画像
(02)「春風花草香」を image した画像
(03)「泥融飛燕子」を image した画像
(04)「沙暖睡鴛鴦」を image した画像
 
【小生 comment
 758(乾元元)年 皇帝粛宗の怒りを買った杜甫は、華州(現在の陝西省渭南市)の司功参軍に左遷された
 759(乾元02)年 杜甫は、官を捨て、家族を引き連れ、親戚を頼り秦州(現・甘粛省天水市)へ赴いた
 杜甫は、秦州に馴染めず、同谷(現・甘粛省隴南市成県)に移るも、飢えに苦しみ、同年12月成都に辿り着いた
 760(上元元)年 成都の浣花渓の畔に「杜甫草堂」を建て暫しの定住をした
 764(広徳02)年 杜甫(53)は、成都にて本作品を二首連作で制作した
 成都での生活は、杜甫の生涯で最も平穏な日々だったが、望郷の念は強くなる一方だった
 765(永泰元) 4月 支援者であった厳武が急逝した為、翌5月 家族を引き連れ、長江を下り漂流の旅に出た
 
【 絶句二首 其二 / 杜甫】〔五言絶句〕
 
 江碧鳥逾白 / 山青花欲然
 今春看又過 / 何日是帰年
 
 江(こう)(1) (みどり)(2)にして 鳥 逾(いよいよ)(3)白く /
 山 青くして 花 然()えん(4)と欲す(5)
 今春(こんしゅん) (みすみす)(6)(また)()ぐ /
 何(いず)れの日か(7) ()れ帰年(きねん)(8)ならん
 
《意》
 深みのある緑色に澄んだ錦江 / 川の水が青々と流れ、其の水面に水鳥の白さが一層映えて見える /
 山は木々の緑に染まり、花は燃え出さんばかりに鮮やかな色彩を放っている
 今年の春も、こうしてみるみるうちに過ぎ去っていく /
 故郷(の洛陽)に帰る年は、いったい何時(いつ)のことだろう
 
《語句》
(1)(こう):長江の支流、錦江
(2)(みどり):深緑色
(3)(いよいよ):「愈」と同じ / 益々(ますます)、一層(いっそう)
(4)()えん:「燃」と同じ / 燃えるように赤い /『全唐詩』等では「燃」にて収録されている
(5)(ほっ)す:今にも~しようとする
(6)(みすみす):みるみるうちに / 旧訓で「みすみす」、新訓で「看()のあたり」と読む
(7)何日(いずれのひ)か:いつになったら
(8)帰年(きねん):故郷(の洛陽)に帰る年
 
[28]杜甫『絶句二首/其二』を image した画像
                  
↑↑上記添付写真は、左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順
(01)「江碧鳥逾白」を image した画像
(02)「山青花欲然」を image した画像
(03)「今春看又過」を image した画像
(04)「何日是帰年」を image した画像
 
【小生 comment
 本作品は、杜甫の絶句の中で最も有名なものである
 因みに、此の詩は『唐詩選』では単に「絶句」と題しているが、『全唐詩』他、殆どのテキストでは「絶句二首 其二」となっている
 
【 絶句 / 杜甫】〔七言絶句〕
 
 両箇黄鸝鳴翠柳 / 一行白鷺上青天
 窗含西嶺千秋雪 / 門泊東呉万里船
 
 両箇(りょうこ)の黄鸝(こうり) 翠柳(すいりゅう)に鳴き /
 一行(いっこう)の白鷺(はくろ) 青天(せいてん)に上(のぼ)
 窓に含む 西嶺(せいれい)千秋(せんしゅう)の雪 /
 門(かど)に泊(はく)す 東呉(とうご)万里(ばんり)の船
 
《意》
 二羽の鶯が緑の柳の木で鳴き /
 一列になって白鷺(しらさぎ)が青空を飛んでいく
 窓からは、西嶺の万年雪が見え /
 門前には、東方の呉の地から遥々万里の航海をして来た船が停泊している
 
《語句》
(1)両箇(りょうこ):二羽
(2)黄鸝:鶯の一種 / 高麗鶯(こうらいうぐいす)
(3)門:杜甫草堂の前
(4)東呉:東の地にある呉の地方
 
[29]杜甫『絶句/其一』を image した画像

↑↑上記添付写真は、左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順
(01)「両箇黄鸝鳴翠柳」を image した画像
(02)「一行白鷺上青天」を image した画像
(03)「窗含西嶺千秋雪」を image した画像
(04)「門泊東呉万里船」を image した画像
 
【小生 comment
 本作品は、杜甫が成都を旅立つ前年764(広徳02)年の作品
 上述の「絶句二首/其二」を作成した晩春を少し過ぎた夏の頃の作品と伝わる
 成都郊外の「杜甫(=浣花(かんか))草堂」の近くを錦江が流れ、其処には大きな船着場もあった
 此の詩も、前出の五言絶句二首と同じ時期に制作された、杜甫が平穏に暮らしていた頃の作品である
 「起句:近景」v.s.「承句:遠景」、「転句:遠景」v.s.「結句:近景」の全対格(ぜんついかく)が絶妙だ
 極めて写実的で絵画的な情景に、dynamicな立体感が加わり、此の詩に一層明るい印象を与えてくれている
 恐らく、束の間の平穏を与えてくれた成都の想い出として残すべく杜甫が此の詩を作成したものとみられる
 杜甫は、此の詩を作った翌年、成都を去り、舟で長江を東方の呉の方向へ下って行った
 起・承・転の三句で成都の懐かしい思い出を、結句で、成都を離れる近未来を描いた、と捉えることも出来る
 此の詩も実に味わい深い、いい詩である
 
 では、また‥〔了〕

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2020年4月11日土曜日

【時習26回3−7の会 0805】~「松尾芭蕉:俳諧七部集『あら野』から〔第23回/第211句~220句〕」「04月05日:拙宅近隣の岩田地区逍遥『岩田運動公園~水神池』→『琴平神社』→『岩田八幡宮』を巡って」「王維(699-759(or701-761))『送元二使安西』」・「于武陵(810-(?))『勧酒』」「04月07日:『春爛漫!満開のソメイヨシノ/北春日公園にて』」


■皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回37の会 0805】号をお届けします。
 今日最初の話題は、松尾芭蕉(1644-94)「俳諧七部集『あら野』から〔第23回/第211句~220句〕」をご紹介する。
 
211つばきまで折(をり)そへらるゝさくらかな  越人(1)
 
【意】綺麗なので桜を一枝所望した処、椿も一枝添えてくれた / 桜花と椿花、趣の異なる花だと改めて感じた
【解説】季語:さくら=晩春 /
(1)越智越人(おち えつじん(1656(明暦02)-1739(元文04(?)):江戸時代前期の俳諧師 / 別号:槿花翁(きんかおう) / 越後に生まれ、尾張国名古屋にて紺屋(こうや・こんや=染物屋)を営む / 1684(貞享元)年 芭蕉に会い蕉門に入門 / 尾張蕉門の重鎮で蕉門十哲の一人 / 1688(貞享05)年「更科紀行」の旅に同行 / 名古屋に縁のある越人の墓所は、浄土真宗本願寺派「転輪山長円寺(名古屋市中区栄二丁目4-23)」/ 墓石には「負山氏越人叟之墓」とある
 
212 広庭(ひろには)に一本(ひともと)(うゑ)しさくら哉(かな)  笑艸(1)
 
【意】広い庭に一本だけが桜の木が植えられている / 此の桜木を愛する此の屋敷の主人の心意気がよく解る
【解説】季語:さくら=晩春 /
(1)笑艸(しょうそう):人物について詳細不詳

213 ときどきは蓑(みの)()すさくら咲(さき)にけり  除風(1)

【意】雨上がりに濡れた蓑等を干すのに利用する等、日々慣れ親しんでいる桜の木に見事な花が咲いた / 普段、其の桜木に対してぞんざいな扱いをしていることを後ろめたく思った

【解説】季語:さくら=晩春 /
(1)如風(じょふう(1626(?)-1705(宝永02)0921(享年80)):尾張国鳴海の如意寺住職 / 文英和尚/ 名古屋蕉門の一人 /『冬の日』同人
 
214 ()のとヾくほどはお(=)らるゝ桜(さくら)哉  一橋(1)
 
【意】道端に綺麗な桜花が咲いている / 誰もが一枝欲しいと折り持ち去って仕舞い、既に人の手の届く高さの桜花は無くなっている
【解説】季語:桜=晩春 /
(1)一橋(いっきょう(生没年不詳)):出羽国人 / 小生不詳
 
215 うしろより見られぬ岨(そば(=そは))(1)の桜(さくら)哉  冬松(2)
 
【意】谷を隔てて向こう側の崖では、桜が満開の花を咲かせている / 絶壁なので、其の桜木の満開の桜花を向こう側から見ることは不可能なのだが、きっと綺麗なことであろうナ

【解説】季語:桜=晩春 /

(1)(そば(←古語ではそは(発音:そわ))):崖・絶壁のこと
(2)冬松(とうしょう(生没年不詳)):人物について詳細不明 /『あら野』等に入句
 
216 すごすごと山(やま)やくれけむ遅(おそ)ざくら  一髪(1)
 
【意】遅桜の満開の桜花が、迫り来る暮色に一際(ひときわ)美しく浮かび上がる / しかし、ふと思う / もし此の桜花が無かったら、此の山は味わいのないものだったろう
【解説】季語:遅ざくら=晩春 /
(1)一髪(いっぱつ(生没年不詳)):美濃国の人 /『あら野』等に多数入句しているが、人物について詳細不明
 
217 はる風(かぜ)にちからくらぶる雲雀(ひばり)(かな)  野水(1)
 
【意】春風が吹く天空を雲雀が声高く囀っている / 恰も春風と力比べをしている様に元気だ
【解説】季語:雲雀=三春 /
(1)岡田野水(おかだ やすい((?)-1743.04.16(寛保03.03.22):埜水とも / 尾張国名古屋の呉服豪商で町役人 / 通称:佐右次衛門 / 本名:岡田行胤 / 芭蕉が『野ざらし紀行』の旅で名古屋に逗留した(1684)際の『冬の日』同人 / 其の頃、野水は27歳の男盛り / 又、彼は近江蕉門や向井去来等上方の門人との親交も厚かった
 
218 あふのき(1)に寝()てみむ野邊(のべ)の雲雀(ひばり)哉  除風(2)
 
【意】天空で雲雀が声高らかに囀る様を見上げて眺めていると首が疲れて仕舞う / だから、春の野辺に寝そべって見ることにしよう
【解説】季語:雲雀=三春 /
(1)あふのき(=仰き):読み方おうのき / 仰向(あおむ)くこと
(2)如風(じょふう(1626(?)-1705(宝永02)0921(享年80)):尾張国鳴海の如意寺住職 / 文英和尚/ 名古屋蕉門の一人 /『冬の日』同人
 
219 高声(たかごゑ)につらをあかむる雉子(きぎす)かな  一雪(1)
 
【意】雉の顔が赤いのは、力んで鳴くからああなったのだ
【解説】季語:雉子((=)きぎす)=三春 /
(1)椋梨一雪(むくなし いっせつ(生没年不詳)):山城国京の人 / 江戸や阿波にも住んだ / 通称:三郎兵衛 / 別号:牛露軒 / 貞徳門下 /『あら野』に入句
 
220 (ゆき)かゝり輪縄(わな)(1)(とき)てやる雉子(きぎす)(かな)  塩車(2)
 
【意】通りがかりに罠に捕らえられた雉を見つけ、可愛そうなのではずして逃がしてやった /「焼け野の雉子(きぎす) 夜の鶴」(3)の格言を思い出したのだろう
【解説】季語:雉子((=(きじ))きぎす)=三春 /
(1)輪縄(わな):罠(わな)のこと。
(2)塩車(えんしゃ(生没年不詳)):人物については詳細不明 /『あら野』に入句
(3)焼け野の雉子 夜の鶴:巣のある野を焼かれた雉は身の危険を忘れて子を救い、寒い夜、巣籠る鶴は自分の翼で子を覆う / 子を思う親の情けが深い譬え
 
【小生 comment
 次回は、俳諧七部集『あら野』から〔第24回/第221句~230句〕をご紹介する。お楽しみに!
 
■続いての話題である。
 0404()05()は、久しぶりに自宅でゆっくりと過ごした。
 昨日は、去る0314日に東京の6つの美術館巡りの予備日として、新幹線を利用して日帰りで美術館巡りをして来る予定だった。
 しかし、一昨日からコロナウィルスの新規感染者が100人を超える忌々しい事態になった為断念。
 昨日・今日は、夫々午前中は、腹筋と2.5kg木刀の素振りを毎日の量の2倍ずつ行い、体力増強に努めた。
 今日は、1400分〜1545分の1時間45分、拙宅から3㎞東の多米町迄 walkingした。
 
【岩田運動公園/水神池】
 
[01]水神池にて1

[02]同上2
                  
[03]岩田運動公園近くの柿畑
 
 若葉がとても綺麗だ!

【琴平神社】
 
[04]琴平神社 鳥居前にて1
                  
[05]同 同上2

[06]同 本殿前にて1
                  
[07]同 同上2

[08]同 同上3
                  

 本社は、1627(寛永04)年 吉田藩主 松平(深溝)忠利(1582-1632)の命により当地田尻村の開発が行われた際、僧 法印善が1630(07)年 此のの地に源立寺を開創、寺内北隣に金毘羅神を鎮守として祀ったことに始まる。
 
【岩田八幡宮】
 
[09]岩田八幡宮 鳥居前にて

[10]同 本殿前にて
                  
[11]同 解説石碑にて

[12]同 解説石碑
                  
[13]Walking 集計表: 5.8km 7,537

 1647(正保04)年 吉田藩主 小笠原忠知(1599-1663)の旨により、吉田城内天王社の八幡社を此の地に奉遷し産土神(うぶすながみ)として祀った。

 1660(万治03)年 宝殿、1700(元禄13)年 拝殿を造営、明和(1768)・文政(1818)の改修を経て、1872(明治05)05月村社となった。1948(昭和23)10月 社地を豊岡中学校建設用地に提供、一時、琴平神社へ合祀されたが、1961(昭和36)9月 境内西方地(現護国神社)に遷座、独立の社殿を建立。1964(昭和39)0213日 八幡社を八幡宮に改称、1986(61)10月 社殿を現在地に改築、社名を岩田八幡宮と改称し今日に至る。
 
【小生 comment
 我が故郷の街、豊橋はいい街だ。
 自然が豊富で、社寺仏閣も其処此処に点在し、散策(Walking)には最適である。
 
【後記】今日も、『春に因んだ送別の唐詩』の傑作を二句ご紹介して締め括ることにする。
 此の二句は、七言絶句と五言絶句の大傑作で、小生、諳んじることも出来る程大好きだ!
 
【 送元二使安西 / 王維】
 
  送元二(1)使安西(1)  王維

 渭城朝雨浥軽塵
 客舎青青柳色新
 勧君更尽一杯酒
 西出陽関無故人
 
  元二の安西に使ひするを送る

 渭城(いじょう)の朝雨(ちょうう) 軽塵(けいじん)を浥(うるほ)
 客舎(かくしゃ)青青(せいせい)柳色(りゅうしょく)(あらた)なり
 君に勧(すす)む 更に尽(くつ)せ一杯の酒
 西のかた 陽関(ようかん)を出()づれば 故人(こじん)無からん
 
《意》
 渭城の街に振る朝の雨は、黄土の軽い土塵(つちぼこり)をしっとりと潤(うるお)している
 旅館の傍にある柳の木々は、雨に洗われて目に沁みる様な青々とした瑞々しさだ
 (元二)君に勧めよう、もう一杯飲んでくれ
 西の関所の陽関を出たら、もう一緒に酒を酌み交わす友人もいないだろうから
 
《語句》
(1)元二:王維の友人で元という姓の人 / 誰を言うのか不明 / 元二の「二」は一族のうちで年長順で二番目の男子のこと

(2)安西:唐代、西州(現・トルファン市)及び亀茲(現・クチャ)に置かれた行政区 / タリム盆地を中心に東西トルキスタンを管轄した

(3)渭城:長安の西北で渭水の北側にある街 / 別名:咸陽 / 当時西方に旅立つ人を此処迄同道し見送る習慣があった
(4)柳色:柳の葉の色 / 当時、中国では古来、旅立つ人に、柳の枝を折り輪にして餞別として持たせる習慣があった
(5)陽関:中国敦煌の近くにある、中国本国と西域を区切る関所
(6)故人:親しい友
 
[14]王維『送元二使安西』を image した画像
                  
↑↑上記添付写真は、左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順
(01)「渭城朝雨浥軽塵」を image した画像
(02)「客舎青青柳色新」を image した画像
(03)「勧君更尽一杯酒」を image した画像
(04)「西出陽関無故人」を image した画像
 
【小生 comment
 此の句は、古来、最も名高い送別の詩。
 王維と彼の友人、元(何某)との別れを詠んだ句である。
 王維と元(何某)の二人は、旅立ちの前日の夜から渭城の旅館で酒を酌み交わして出発の朝となった。
 別れが愈々名残惜しく思った王維は、「元(何某)君よ、最後にもう一杯飲んで別れとしよう」告げる。
 親友二人の別れの scene が眼前に活き活きと浮かんで来る名詩である。
 
【 勧酒 / 于武陵 】

  勧酒  于武陵(810-(?))

 勧君金屈卮
 満酌不須辞
 花発多風雨
 人生足別離
 
 君に勧(すすむ) 金屈卮(きんくつし)(1)
 満酌(まんしゃく)(2)()するを須(もち)いず(3)
 花(はな)(ひら)けば風雨(ふうう)多し
 人生 別離(べつり)()
 
《意》
 君にに勧めよう、此の金の杯(さかずき)
 なみなみと注がれた酒の杯を辞退しないでくれよ
 花が咲く時節は、風が吹き雨が降る日がが多くなる様に
 人生は、別離が多いものなのだ
 
《語句》
(1)金屈卮(きんくつし):曲がった柄がついた黄金杯
(2)満酌(まんしゃく):盃になみなみと注がれた酒
(3)不須:「~もちいず」と読む /「~する必要はない」の意
(4)花発(はなひらく):「花が咲く」の意味
(5)(たる):「多い」の意
 
[15]于武陵『勧酒』を image した画像

↑↑上記添付写真は、左上(01)から時計回りに(02)(03)(04)の順

(01)「勧君金屈卮」を image した画像
(02)「満酌不須辞」を image した画像
(03)「花発多風雨」を image した画像
(04)「人生足別離」を image した画像
 
【小生 comment
 此の名詩は、井伏鱒二の『厄除(やくよ)け詩集』に収められている訳詩が有名なのでご紹介したい。
 「 コノサカヅキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニハアラシノタオヘモアルゾ
 「サヨナラ」ダケガ人生ダ 」
 
【前書】〔川柳〕人生、「会ふは別れの始め」也。
 「家族」「友人」「最愛のひと」とも必ず「別レノ日」は来る
 
  会者定離(えしゃじょうり)を 世の習いとはよく言ふた  悟空〔了〕
 
【後記】【春爛漫!満開のソメイヨシノ/北春日公園にて】
 0407()は、1820分に仕事先から帰宅した。
 拙宅から至近の食品スーパー・サンヨネに beer を買いに行った帰り路、北春日公園の桜花が満開だったので自撮りした。

 拙宅から直ぐの所に隠れた桜の名所があるのは嬉しい
 殆ど休業しないサンヨネが「明日臨時休業します」と announce していたのにはチョット吃驚!
 時節柄、「コロナウィルス禍の影響か?」と勘繰って仕舞った。
 
【前書】春爛漫! 北春日公園の桜花に魅せられて詠める
 そして、一日も早いコロナウィルス禍のない日の到来を祈る!
 
  櫻咲く 北春日にて 吾憩ふ  悟空

  清明に 祈るコロナ禍 消える日を  悟空〔了〕

[16]北春日公園~満開のソメイヨシノの前にて1
                  
[17]同上2

[18]同上3
                  
[19]同上4

 では、また‥〔了〕

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