2019年8月21日水曜日

【時習26回3−7の会 0771】~「松尾芭蕉:俳諧七部集『春の日』から〔第9回〕」「08月17日:浜松市秋野不矩美術館『秋野不矩 制作の現場からⅡ~インドの日常に見つけた美~』展→豊川市桜ヶ丘ミュージアム『嶋田卓二、黒田清輝とその周辺』展を巡って見て」「08月18日:愛知県芸術劇場 concert hall:三澤洋史指揮愛知祝祭管弦楽団 2016-19 / Wagner「ニーベルングの指環」4部作~第三夜『神々の黄昏』(Concert Opera)を視聴して」

■皆さん、お変わりありませんか?  今泉悟です。今日も【時習26回3−7の会 0771】号をお届けします。
 今日最初の話題は、松尾芭蕉「俳諧七部集」の第二集『春の日』から〔第9回/97句〜108句〕をお届けする。
 
97 むさぼりに帛(きぬ)着(き)てありく世の中は  冬文
 
【意】栄耀栄華を誇り絹の衣服を日常に着て往来闊歩する人もいる世の中だ
【解説】名残表七 / 雑 / 前句の様に「岩苔を採って生活の足しにする様な貧しい人がいるかと思えば‥」を踏まえて付けた
 
98  筵(むしろ)二枚もひろき我(わが)庵(いほ)  越人
 
【意】僅かに筵 2枚を敷くに過ぎない草庵だが、此れは此れで結構なことだ /
【解説】名残表八 / 雑 / 前句の、美衣美食に耽(ふけ)る世間に対して、「足るを知る」生き様を出した

99 朝毎(あさごと)の露(つゆ)あはれさに麦作ル  旦藁

【意】日毎(ひごと)に朝露も繁(しげ)くなって来た / 秋の風情が増していく中で、麦蒔きの時節の到来だ
【解説】名残表九 / 季語:露=秋 /
 
100  碁(ご)うちを送るきぬぎぬの月  野水
 
【意】一晩、囲碁の相手をしてくれた男を見送って門口に出ると、空には有明の月が出ていた /
【解説】名残表十 / 季語:月=秋 / 前句を此の句の見晴るかす背景の麦畑とした /「きぬぎぬ」は「恋」の詞であるが3句後あとに恋が出るので、此処では「恋」としない
 
101 風のなき秋の日(ひ)舟(ふね)に網(あみ)入(いれ)よ  荷兮
 
【意】今日は風も凪ぐ秋日和だ、網でも入れて漁でもしようか /
【解説】名残表十一 / 季語:秋の日=秋 / 前句で、囲碁を楽しむ人が、秋の一日漁を楽しむ、という閑人・閑居の有様を詠む
 
102  鳥羽(とば)の湊(みなと)のお(=を)どり笑(わら)ひに  冬文
 
【意】盆踊りの時節だ / 今日は無風で不漁だから、鳥羽の湊に立ち寄って盆踊りでも楽しんで来ようか /
【解説】名残表十二 / 季語:をどり=秋 /
 
103 わらましのざこね(注1)筑摩(つくま)(注2)も見て過ぎぬ  野水
 
【意】予てより見たかった大原の「雑魚寝祭」も、筑摩の「鍋祭」も見て仕舞った
【解説】名残裏一 / 雑 / 恋=ざこね・筑摩 / 鳥羽の踊りを踏まえ、二大祭を付けた
 
(注1)ざこね:京都洛北大原の「江文明神」の奇祭「雑魚寝祭」のこと〔冬季〕
(注2)筑摩:近江国「筑摩神社」の大祭「鍋祭」のこと〔夏季〕 /
 
104  つら/\(注1)一期(いちご)(注2)聟(むこ)の名(な)もなし  荷兮
 
【意】よくよく考えてみると、自分は娘を授からなかったので聟をとることもなかった / だから祭礼の際、聟の名を貼る祭礼札もなかったなぁ
【解説】名残裏二 / 雑 / 恋=聟 / 前句の祭を踏まえ、其の祭を見乍ら男の心に浮かんだ感慨として詠む
(注1)つらつら:よくよく、つくづく
(注2)一期:一生涯
 
105 我(わが)春の若水(わかみづ)汲(くみ)に昼(ひる)起きて  越人
 
【意】自分ひとり、のんびりと迎えた正月 / 世間では早朝から起き出して若水を汲んで新年を祝う習いだが、自分はついつい昼迄寝過ごして仕舞った
【解説】名残裏三 / 季語:若水=春 / 前句の「聟」を、自分が家庭を持たないで「聟」と呼ばれることもなかった、として気儘な一人暮らしの正月を付けた
 
106  餅(もち)を喰(くひ)つゝいはふ君が代(よ)  旦藁
 
【意】威儀を正し、屠蘇を祝って正月を賀するのではなく、いきなり雑煮の餅を食するというぞんざいさだ / でも此れが出来るのも平和な時代のお陰である
【解説】名残裏四 / 季語:いはふ君が代=春 /「餅を喰つゝ」と細かく限定して描く処が俳諧
 
107 山は花(はな)所(ところ)のこらず遊(あそ)ぶ日(ひ)に  冬文
 
【意】春たけなわ / 山は桜花が満開 / 其の土地の人たちは老若男女挙(こぞっ)て仕事を休み、夫々遊楽に耽(ふけ)っている
【解説】名残裏五 / 季語:花=春 /前句の「太平の代」を人々が謳歌する響きを感じ取って「人々の遊楽の様(さま)」を付けた

108  くもらずてらず雲雀(ひばり)鳴(なく)也(なり)  荷兮

【意】花曇りの時候 / 曇らず照らず、風穏やかな一日 / 雲雀の囀(さえず)りが終日聞こえて来る
【解説】挙句 / 季語:雲雀鳴=春 /「てりもせずくもりもはてぬ(新古今集)」に対して「くもらずてらず」という簡潔な表現が俳諧
 
【小生 comment】
 次回は、俳諧七部集『春の日』から〔第10回〕第109~120句をご紹介する。お楽しみに!
 
■続いての話題は、08月17日に浜松市秋野不矩美術館にて開催中の『秋野不矩 制作の現場からⅡ~インドの日常に見つけた美~』展、並びに豊川市桜ヶ丘ミュージアム『嶋田卓二、黒田清輝とその周辺』展を巡って見て来たことについてである。
 
 前夜早く寝て、今朝は‪04時15分起床。
 其の日(08月17日)は美術館を二つ巡って来た。
 
‪04時15分 起床
‪04時20分 腹筋2,000回
‪05時50分 2.5kg木刀素振り60分
‪07時00分 入浴→朝食
‪08時30分 拙宅発→一般道49km 80分
‪09時50分 浜松市秋野不矩美術館着
 
【浜松市秋野不矩美術館『秋野不矩 制作の現場からⅡ~インドの日常に見つけた美~』展】

 秋野不矩 (ふく)(1908.07.25-2001.10.11)は、女流画家としては、上村松園 (1875.04.23-1949.08.27)、小倉遊亀 (1895.03.01-2000.07.23)、片岡球子 (1905.01.05-2008.01.16)に次いで四人目の文化勲章受章者だ。
 因みに、まだ五人目の女流文化勲章受章者は出ていない。

[01]浜松市秋野不矩美術館駐車場脇の美術館企画展案内看板横にて

[02]同ビル前にて1
                  
[03]同上2

[04]秋野不矩『海辺のコッテージ』1984年
                  
[05]同『廻廊の壁画』1986年

[06]同『土の家(C)』1987年
                  
[07]同『ウダヤギリ僧房Ⅱ』1992年

[08]同『村落(カジュラホ)』1994年
                  

‪10時14分 浜松市秋野不矩美術館発一般道48㎞ 90分→
‪11時44分 豊川市桜ヶ丘ミュージアム着
 
【豊川市桜ヶ丘ミュージアム『嶋田卓二、黒田清輝とその周辺』展】
 
 嶋田卓二(1886-1946)は、豊川市(旧宝飯郡大木村)生まれ 。
 
 1905年 愛知県立第四中学校卒業後、上京
 1906年 6月 東京美術学校西洋画科受験するも落第、8月頃、黒田清輝の書生となる
 1912年 10月 第6回文部省美術展覧会(文展)に『放牧』が初入選
 後年は、中央画壇とも距離を置き、此れ迄本格的な評価や回顧がなされていなかった画家の為、本展で検証しつつ紹介するという企画展
 
[09]豊川市桜ヶ丘ミュージアム入口前にて

[10]同上館内 本企画展看板横にて
                  
[11]本企画展図録表紙

[12]嶋田卓二
                  
[13]嶋田卓二『桂川附近』1917年〔豊橋市美術博物館蔵〕

[14]同『二川風景』1926年〔豊橋市美術博物館蔵〕
                  
[15]同『西瓜』1936年

[16]同『雨後の桜(仮称)』1936年
                  
[17]黒田清輝(1866-1924)『湖畔』1897年〔東京国立博物館/黒田清輝記念館蔵〕


 黒田清輝は鹿児島市に生まれた。
 1884-93年 渡仏し、最初法律を学ぶが途中から西洋画に転向
 1886年 ラファエル・コラン(1850-1916)に師事
 1894年 久米桂一郎と天真道場を開設、外光派の作風を確立
 1896年 東京美術学校西洋画科発足に際し教員となる
 1898年 同校教授に就任
 1917年 養父死去に拠り、子爵を襲爵する
 
 因みに小生、添付写真[17]『湖畔』と [18]『婦人像』は、2016年1月15日に東京の黒田記念館にて見ている。
 2016年1月24日 (日)付【時習26回3-7の会 0584】~「‪01月15日:東京国立博物館/黒田記念館『特別室と黒田記念室』展示作品を見て」ほかを参照されたい。
     ↓↓↓
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/26-058401150123.html
 
 更に付言すれば、添付写真[17][18]の美しい女性は、黒田清輝の2人目の妻、照子夫人である。
 彼は、留学先の France から帰国後、伯父で養父の子爵黒田清綱(1830-1917)の紹介で結婚したが、程なく離婚。
 添付写真[17][18]の model である照子と結婚したが、入籍は養父の死後だという。
 
[18]同『婦人肖像』1911-12年〔東京国立博物館/黒田清輝記念館蔵〕
                  
[19]同『薔薇の花』大正期〔三重県立美術館〕

[20]岡田三郎助(1869-1939)『婦人半身像』1936年〔東京国立近代美術館〕
                  

    岡田三郎助は佐賀県に生まれ、旧鍋島藩邸にて百武兼行の油絵に接し、洋画を志した。
    1894年 黒田清輝、久米桂一郎が指導する天真道場に入門し、其の後、白馬会創設に参加
    1897年 文部省留学生として渡仏、ラファエル・コランに師事
    1902年 東京美術学校教授に就任
    1937年 第1回文化勲章受章
 
[21]和田英作(1874-1959)『薔薇』1925年〔刈谷市美術館〕

[22]同『逢妻風景』1946年〔刈谷市美術館〕
                  

 和田栄作は鹿児島県垂水市生まれた。
 洋画を、最初、曽山幸彦(1860-92)に、次いで原田直次郎(1863-99)に学ぶ。
 1894年 黒田清輝に師事し外光派の洗礼を受け渡仏し、ラファエル・コランに師事
 1896年 帰国後、東京美術学校助教授に迎えられるも辞す
 1897年 同校第1回生として卒業
 
[23]石河彦男(1917-86)『黒衣』1946年


 石河彦男は豊橋市生まれ。
 愛知県立豊橋中学校(=現・時習館高校)で細島昇一の指導を受け、東京美術学校図画師範科卒。
 其の後、美術教師として朝鮮に赴き、戦後は、国府高校等にて教鞭をとる。
 光風展、日展等に入選し、第10回日展特選、翌年に無審査となる。
 愛知県立大学講師や名古屋芸術大学教授を歴任。
 
[24]昭和9年 第7回豊橋洋画展での主な出品者
                  
 嶋田卓二のほか、石川彦男、時習館高校美術科教諭だった若き冨安昌也氏の顔もある。
 
12時15分  豊川市桜ヶ丘ミュージアム発→一般道 12km 20分→
12時35分  帰宅 走行距離計 109km〔了〕
 
■今日最後の話題である。08月18日(日)、中嶋君の招待で、‪14:30 から愛知県芸術劇場 concert hall にて上演時間‪4時間半(@30分休憩×2回を含めると‪5時間半) Concert 方式に拠るワグナー作曲「楽劇『神々の黄昏』」を視聴した。
 其の日は、以下の通り行動した。
 以下の筋トレ時間 4時間45分を使ってDVD『神々の黄昏』の視聴をバレンボイム指揮バイロイト祝祭管弦楽団の演奏で実施して予習した。
 
05時00分 起床→腹筋2,000回
‪06時10分 2.5kg木刀素振り(3時間+通算30分休憩)
‪09時45分 入浴→ brunch →
‪12時30分 拙宅発→自転車→
‪13時13分 豊橋駅発→新幹線こだま649号→
‪14時05分 愛知県芸術劇場 concert hall 着
 
【愛知県芸術劇場 concert hall:三澤洋史指揮愛知祝祭管弦楽団 2016-19 / Wagner「ニーベルングの指環」4部作~第三夜『神々の黄昏』(Concert Opera)】
 
[25]愛知県芸術劇場コンサートホール入口にて「中嶋君【時習26回 3-2】」と

[26]同上「林さん【時習26回 3-7】」と
                  
[27]同上「中嶋君と林さん」

[28]第1幕と第2幕の間の休憩時間にbuffetにて
                  

 此のconcertは、中嶋君の肝煎りで、彼が毎夏に【時習26回 1-4】のclassmates の小生と林さんを誘ってくれている。
 3年前からWagnerの楽劇『指環』を、序夜『ラインの黄金』・第一夜『ワルキューレ』・第二夜『ジークフリート』と続いて来たもので、今年が総仕上げの第三夜『神々の黄昏』だ。
 因みに小生は、『ラインの黄金』だけは所用があって彼等と一緒出来ていない。
 第三夜『神々の黄昏』の上演時間は‪4時間30分。
 Wagnerの楽劇・歌劇の中でも、舞台神聖祝典劇『パジルファル』の正味‪4時間40分に次いで2番目に長い。
 因みに、三番目に長いのは楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で‪4時間20分である。
 
 今日の上演時間は以下の通り
 
‪14時35分:第1幕 2時間00分
‪16時35分:休憩:30分
‪17時05分:第2幕 1時間15分
‪18時20分:休憩:30分
‪18時50分:第2幕 1時間20分
‪20時10分:終演
 
 1848年 Wagnerは、楽劇『ニーベルングの指環』の第1作目として、彼が35歳の時に、先ず『ジークフリートの死』という台本を書き、のち『神々の黄昏』に改題。
  「此の作品には、前史が必要だ」との友人の助言に従い、『ジークフリート』→『ワルキューレ』→『ラインの黄金』の順に歴史を遡る形で台本を執筆。
 其の後、序夜『ラインの黄金』→第一夜『ワルキューレ』→第二夜『ジークフリート』→第三夜『神々の黄昏』の順で作曲。
 1874年 楽劇『ニーベルングの指環』全4部が完結する迄、実に26年の歳月が流れた。
 初演には、リスト、サンサーンス、グリーグ、チャイコフスキー、ブルックナー等錚々たる大作曲家たちが聴きに来ている。
 今日の演奏会は、なかなか素晴らしいもので、座席も9割埋まり、全曲終演後は大喝采の連呼だった!
 
[29]本企画展leaflet

[30]小生所蔵のWagner「楽劇『指環』」の2種類のDVD
                  
[31]同上のキャスト「バレンボイム指揮/バイロイト祝祭O.&合唱団」「レヴァイン指揮/メトロポリタン歌劇場O.&合唱団」

[32]開演前のConcert 会場(2階席)1
                  
[33]同上2

[34]本演奏会 program 表紙
                  
[35]指揮者:三澤洋史/演出構成:佐藤美晴/ジークフリート:大久保亮/ブリュンヒルデ:基村昌代

[36]アルベリヒ:大森いちえい/グンター:初鹿野 剛/ハーゲン:成田 眞/グートルーネ:大須賀園枝
                  
[37]ヴァルトラウテ:三輪陽子/ヴォ―クリンデ/第3のノルン:本田美香/ヴェルグンデ/第2のノルン:船越亜弥/フロスヒルデ/第1のノルン:加藤 愛


‪20時59分 名古屋駅発→新幹線 こだま690号→
‪21時24分 豊橋駅着→自転車→
‪22時10分 帰宅
 
 今日は、DVDと実演で、Wagner『神々の黄昏』を9時間かけて2回聴いた貴重な一日だった!
 
【後記】時節は明後日 ‪08月23日が「処暑」。そして、09月08日に「白露」を迎える。
  「白露」というと『露』!
 其の「露」を theme にした名句というと、川端茅舎(1887-1941)の「金剛の露ひとつぶや石の上」と共に飯田蛇笏(1885-1962)の「芋の露 連山影を正しうす」が直ぐ浮かぶ。
 今日は、飯田蛇笏氏の此の作品について、我等が時習館高校の大先輩にあたる富安風生(1885-1979)氏が著書「大正秀句」で思い出を語っているのでご紹介してみたい。
 因みに、冨安風生氏は、我等が母校時習館高校の前身〔旧制愛知第四中学校第4回生(1903(明治36)年卒)〕の大先輩で、本名は「冨安謙次」(本名はウ冠の「富」ではなく、ワ冠の「冨」)
 1929年『ホトトギス』同人 / 1936年1月~37年5月 逓信省(=のちの郵政省)事務次官。
 我等が時習館高校在学時代の朝倉勝治(1930- )先生の前任の美術科教諭であった冨安昌也(1918-2013)先生の大叔父に当たる。
 富安風生氏は、著書「大正秀句 (新版 日本秀句)〔春秋社刊〕」 で「飯田蛇笏」のところで「(小生補足)(‥飯田蛇笏という一人の‥)俳句作家が文学の専門家(同左)(‥芥川龍之介(1892-1927)‥)からこれほどの理解をもたれる例はザラにはない」と讃えた後、次の様に述べている。
  「蛇笏の遺した大きな句業績のうちから、強いて一句を挙げねばならぬとしたら
 
     芋の露 連山影を正しうす  蛇笏
 
  とすることに、何人も異存はないであろうし、全く頭の下がる一代の秀句である。あたかもそれは大正三年(小生補足)(‥蛇笏氏29歳の時の‥)の作でもある。〔中略〕
 蛇笏は明治37年、19歳の時、志を文学に立てて早稲田の文科に入学した。
 学問を捨てて郷里に帰ったのは24歳の時である。
 遊学中早稲田においては高田蝶衣(1886-1930)の後を受けて早稲田吟社の首脳であったが、詩も熱心であったし、小説にも関心があった。
 一口に言って思想的に当時の自然主義の影響の下にある一文学青年だったのである。〔中略〕
 わたしは蛇笏と同庚(=(意 : おないどし)であり、わたしがわずかに十日早く生まれているだけである。
 飯田蛇笏。明治18年4月、山梨県生。1962(昭和37)年没(享年77歳)。」

  【小生注】本書「大正秀句」で飯田蛇笏氏の思い出を語った執筆時(昭和39年刊)、風生氏は80歳
 風生(1885-1979)氏自身は1979(昭和54)年享年94歳にて長寿を全うされた
 風生氏が絶賛した飯田蛇笏氏の名句の情景を2枚の写真を使って image してみたのでご覧下さい
 本作品は、ホント、気品があって、近景の「芋の露」、遠景の「連山(=八ヶ岳連峰)」が透き通った早朝の明るい陽射しの下で鮮やかに三次元空間として目に浮かんで来る、稀代の名句と言っていい!

[38] Facebook に up した「連山(=八ヶ岳連峰)」と「(里)芋の露」
                  
 
 では、また‥〔了〕
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