2018年4月21日土曜日

【時習26回3-7の会 0701】~「松尾芭蕉『猿蓑集 巻之五〔第1回〕』」「04月14日:松坂屋美術館『第73回 春の院展』&桑山美術館『ザ・対決~比べて感じる日本画』展&メナード美術館『開館30周年/所蔵企画展~ひと~人・顔・姿』展を見て」「04月16日:浜松アクトシティ『マリア・ジョアン・ピリス Piano Recital』を聴いて」「04月17日:日帰り drive 旅行/〔河内長野市〕「観心寺/【国宝】如意輪観音坐像」→〔橿原市〕「大環濠集落『今井・寺内町』」→〔大和郡山市〕「郡山城跡」を巡って」

■時節は昨日04月20日から『穀雨』。
 皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回3-7の会 0701】号をお届けします。
 さて、今日最初の話題は、前回終了した『猿蓑』〔巻之四〕の後を受け,〔巻之五〕の〔第1回〕目をお届けする。
 因みに『猿蓑』は、半紙本「乾」「坤」二冊〔乾36丁/坤24丁〕から成る。
 第一冊目の「乾」巻は、巻一~巻四〔春の部→夏の部→秋の部→春の部〕迄の発句集で、その冒頭に江戸の高弟宝井其角(1661-1707)に拠る「序」を掲げる。
 第二冊目の「坤」巻は、巻五は連句集。「乾」の発句篇の部立と対応させて「冬〔初時雨〕→夏〔夏の月〕→秋〔きりぎりす〕→春〔梅若菜〕」を発句とした四歌仙。
 従って、夫々季節毎に18句の長句と短句が交互に詠まれる36句が4セットあり、全144句から成る。
 ただ、夫々の季節の中に他の季節の季語も色々と読み込まれている。
 だから、季節感が合わない句が少なからず登場する場面も少なくない。
 其処で、今回から「春→夏→秋→春」という『猿蓑』〔巻之五〕に掲載されている順に全144句を此の《会報》にて毎回4句ずつ36回に亘って紹介して行くこととする。
 従って、最終回は今年末頃になる予定である。
 では、〔第1回〕目の4句をご覧頂きたい‥

  猿蓑集 巻之五

01 鳶(とび)の羽(は)も刷(かいつくろひ)ぬはつしぐれ  去来

【意】鳶の羽は、初時雨に濡れて羽づくろいした様にしっとりしている

【解説】「かいつくろいぬ」は、羽づくろいのこと/この句は、『猿蓑』〔巻之一〕巻頭の芭蕉の発句「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」に呼応させている

02 一(ひと)ふき風(かぜ)の木(こ)の葉(は)しづまる  芭蕉

【意】時雨と共に一陣の風が吹き、落葉がかさこそと音を立てて散った後静まり返った
【解説】—

03 股引(ももひき)の朝(あさ)からぬるゝ川(かわ)こえて  凡兆

【意】前夜降った初時雨で寒々とした川を一人の男が股引を濡らし乍ら歩いて渡って行く
【解説】—
 
04 たぬきをゝどす篠張(しのはり)の弓(ゆみ)  史邦

【意】此の川を渡る男は、作物を荒らす狸を脅す為の篠張りの弓を仕掛けに行くのだ
【解説】「篠張の弓」は、篠竹で仕掛けた弾弓(はじきゆみ)/
 地上の篠竹を撓(たわ)めてとめて置き、獣が触れると弾(はじ)き打つ一種の罠/夜に仕掛けて置く

■続いての話題は、04月14日に松坂屋美術館『第73回 春の院展』& 桑山美術館『ザ・対決~比べて感じる日本画』展 &メナード美術館『開館30周年/所蔵企画展~ひと~人・顔・姿』展を見て来た模様を以下の通りお伝えする。
 其の日は、月に一度の名古屋市東区の歯科医院での検診なので、ついでに松坂屋美術館、桑山美術館、メナード美術館を巡って来た訳である。

08時45分 拙宅発→豊川IC〔→東名→伊勢湾岸→名古屋高速→(77㎞ 80分)〕東別院→
09時55分 エンゼルパーク南口着
10時00分 松坂屋美術館 着

【松坂屋美術館『第73回 春の院展』】

[01]松坂屋美術館入口にて1

[02]同上2
                  
[03]本企画展leaflet & 図録 & ticket

〔leafletと図録の絵は、村上裕二【同人】『カミナリ富士』2018年〕

[04]田渕俊夫【同人】『明日香心象』2018年
                  
[05]小田野尚之【同人】『轍(わだち)』2018年

[06]中村譲 【同人】『朝の潮風』2018年
                  
[07]福王寺一彦【同人】『三日月』2018年

[08]前原満夫【同人】『一隅を照らす』2018年
                  
[09]那波多目功一【同人】『ふり初(そ)めし刻(とき)』2018年

[10]井手康人【同人】『夢を運ぶ』2018年
                  
[11]梅原幸雄【同人】『待花(まつはな)』2018年

[12]山浦めぐみ【奨励賞】『DIRETTO』2018年
                  

【小生comment】
 院展に出品される【同人】の作品は、現代日本画の最先端を牽引する37人の俊英画家達の自信作。
 院展は、「春の院展」と秋に開催される「再興院展」が全国17箇所で毎年開催される。
 東海地区では、此の松坂屋美術館が会場となっていて、小生此処7~8年欠かさず見に行っている。
 ホント、素晴らしい日本画ばかりで足を運ぶ度に毎回「感動」と「ときめき」を覚える。

10時45分 同所発→一般道〔5..3km 20分〕→昭和区山中
11時10分 桑山美術館 着

【桑山美術館『ザ・対決~比べて感じる日本画』展】

[13]桑山美術館入口にて1

[14]同上2
                  
[15]本企画展leaflet

[16]鏑木清方 (1878-1972)『秋の錦』1948年
                  
[17]上村松園 (1875-1949)『春風』1940年頃

[18]横山大観 大觀 (1868-1958)『霊峰春色』1943年頃
                  
[19]川端龍子(1885-1966)『花王図』1948年頃

[20]山口蓬春 (1893-1971)『洋梨』1959年
                  
[21]伊東深水 (1898-1972)『積雪』制作年不詳

[22]橋本明治 (1904-1991)『寿の舞』1980年
                  
[23]橋本関雪 (1883-1945)『崖上双猿図』1938年頃

[24]小倉遊亀 (1895-2000)『白い花』1988年
                  
[25]入江波光 (1887-1948)『若竹と子雀』1945年頃

[26]福田平八郎 (1892-1974)『鮎』1955年頃
                  

【小生comment】
 桑山美術館の所蔵品展だが、流石に珠玉の名品ばかりの29作品であった。
 ご覧の様に、美人画、風景画、静物画のいずれもが気品ある作品。
 美人画人気の3羽ガラスの鏑木清方・上村松園・伊東深水は言うに及ばず、橋本明治の『寿の舞』も素晴らしかった。
 霊峰富士の定番、横山大観。
 気品ある山口蓬春の『洋梨』や、猿絵の傑作と言えば橋本関雪『崖上双猿図』。
 小倉遊亀・入江波光・福田平八郎の3品は、今回の展示作品ではなかったが、素晴らしいpostcardだったのでupした。

11時50分 桑山美術館 発→〔名古屋高速 20㎞ 40分〕→
12時30分 メナード美術館 着



【メナード美術館『開館30周年記念/所蔵企画展~ひと~人・顔・姿』展】

[27]メナード美術館入口にて1

[28]同上2
                  
[29]大沼映夫(1933- )『顔・顔・顔』1977-78年

[30]小磯良平 (1903-1988)『室内B』1975年
                  
[31]有元利夫(1946-1985)『二本の木の間』1978年

[32]島田章三(1933-2016)『人と噴水』1996年
                  
[33]本展leaflet/絵は 有元利夫『近ずいた朝』1979年


【小生comment】
 有元利夫『日本の木の間』『近ずいた朝』は今回初出品された。
 大沼・小磯・有元・島田の作品をupしたが、4人の画家が夫々originalityを発揮していて興味深かった。

13時00分 メナード美術館 発→〔一般道 12㎞ 40分〕→
13時40分 ラーメン陣屋着〔昼食〕
14時15分 同所発→〔一般道 1.5km 6分〕
14時25分 歯科医院着
15時00分 同院発→名古屋IC〔東名 85km 85分〕→
16時30分 帰宅

■続いての話題は、04月16日(月)夜、浜松アクトシティ・中ホールで開催されたマリア・ジョアン・ピリスの Piano Recital の模様についてである。
 其の日は、仕事が忙しかった。 会議が終わったのが18時10分。

18時35分 豊橋駅発→東海道新幹線→浜松駅→浜松アクトシティ 中ホールへ。
19時00分 開演〜20時55分 閉演。

 
 Maria Joao Pires(マリア・ジョアン・マリア・ピリス(1944- ))の Piano Recital を聴いて来た。
 Ticketは完売だ。
 演奏曲目は以下の3曲とencore曲1曲。
  Mozart / Piano Sonata #12 in F Major K. 332
  同 / 同 #13 in B Flat-Major K. 333
  Schubert /4 Impromptus D.935(Op,142)〔4つの即興曲〕
  Encore曲:Schubert / 3つのピアノ曲から第2曲

[34]浜松アクトシティ・中ホール入口にて1                  
                  

[35]同上2

[36]本Recital leaflet

                  
[37]本Program & ピリスのCD
[38]本Program
                  
[39]公演後に掲示されたencore曲案内の前にて


【小生comment】
 いずれも高貴な香りが漂う名演奏だった。
 僕等が学生時代、女流の Mozart Pianist と言えば、リリー・クラウスとイングリット・ヘブラーだった。
 ピリスは、彼女達の次世代で活躍した。
 彼女の美貌と卓越した技量に感動した思い出がある。
 そして、彼女の来日公演は今回が最後だという‼️
 彼女の生演奏を聴く最後の機会となるであろう此の貴重なひとときを同じ空間で過ごせた幸せを神様に感謝している。
 此処で拙歌を一首‥

  春宵にMozart と Schubert 高貴に響くピリスのPiano! 悟空

■今日最後の話題は、04月17日(火)の日帰り drive旅行の話。
 其の日は、休暇を一日貰って、日帰りで drive 旅行をして来た。
 総走行距離は約560㎞であった。
 河内長野市にある「観心寺/【国宝】如意輪観音像」→橿原市今井町にある「大環濠集落『今井・寺内町』」→大和郡山市にある「郡山城跡」を巡って来た。
 以下、順次お伝えする。

06時05分 拙宅発→豊川IC〔→東名→伊勢湾岸→東名阪→新名神→京滋バイパス→京奈→第二京阪→近畿自動車→ 240km 3時間45分〕藤井寺IC→
09時40分 観心寺着

【観心寺】

 高野山真言宗寺院である観心寺には、戦前は33年に1回、戦後は毎年4月17日&18日のみ開帳する秘仏【国宝】如意輪観世音菩薩坐像がある。
 此の日が其の年に二日間ある秘仏開帳の第一日目で、小生、待望の尊像を生まれて初めて拝顔出来た!
 平安時代初期(西暦800年代)に存在した菩薩像だが、秘仏であった為、保存状態がよく現在に美しい彩色を残している。
 
[40]観心寺山門前にて
                  
[41]観心寺 金堂 前にて1

[42]同上2
                  
[43]観心寺 金堂 内陣〔如意輪観世音坐像が閉扉の状態〕

[44]【国宝】如意輪観世音坐像1
                  
[45]同上2

[46]同上3
                  
[47]同上4

[48]【重文】大随求菩薩画像
                  
[49]楠木正成首塚
 

【小生comment】
 実に感動的なひとときだった。
 又、全ての事象にご利益があるという鎌倉時代作の【重文】大随求菩薩画像も拝顔できたことも嬉しい思い出となった。
 更にまた、観心寺には、楠木正成(1294?-1336)の首塚がある。
 湊川の合戦に敗れ自害して果てた楠木正成の首は京都の三条河原に晒されたが、敵将の足利尊氏が観心寺に届け、供養されたという。

11時10分 観心寺発→〔一般道 32km 55分〕
12時05分 橿原市「今井・寺内町」着

【今井・寺内町】

 戦国時代、「海の堺、陸の今井」と言われ栄えた大環濠集落の今井・寺内町を訪ねた。
 堺の豪商、今井宗久(1520-93)は此の街の出身という。
 此の街に入ったら、室町末期から江戸時代に time slip した感覚に陥った。
 伊藤園・伊右衛門CMや平成27年度後期のNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」のロケ地となったのが、此処「今井寺内町」の【重文】「米谷家」である。

[50]今井町案内看板前にて
                  
[51]旧高市郡教育博物館前にて

[52]【重文】高木家前にて
                  
[53]高木家案内看板

[54]高木家内部1
                  
[55]同上2

[56]今井町の風景をbackに
                  
[57]【重文】今西家

[58]今西家案内看板
                  
[59]環濠集落の入口の一つ「南門」前にて

[60]環濠集落の外堀の一部
                  
[61]今井町古地図

[62]今井町古地図を元に作成された模型
                  
 
【小生comment】
  1時間の滞在の予定であったが、公開されている【重文】の家屋を一つひとつ見て行ったら、あっという間に3時間近くが過ぎ去った。
 でも一生モノのいい思い出となった。
 そして、感得した。「日本人に生まれて良かった」と!

【大和郡山城跡】

15時00分 今井・寺内町発→〔一般道 21km 55分〕→
16時00分 郡山城跡着
 
 此の城の歴史の概要は以下の通り。
 天正08(1580)年 筒井順慶が入城。
 同13(1585)年 豊臣秀長が本格的に整備。
 文禄04(1595)年 増田長盛に拠って外堀普請がなされ現在の形式に到る。
 慶長05(1600)年 関ヶ原合戦以後の15年は在番支配となる。
 元和元(1615)年 徳川幕府に拠って復興し、以後、水野→松平→本多といった譜代大名が城主を務める。
 享保09(1724)年 甲斐国甲府より柳沢吉保(1659-1714)の嫡男 柳沢吉里(1687-1745)が15万1千石で入城し、以後明治維新迄柳沢氏が歴代藩主を務めた。

16時40分 郡山城跡発→木津IC〔京奈→京滋バイパス→名神→新名神→東名阪→伊勢湾岸→東名 225km 2時間55分〕豊川IC→
19時55分 帰宅〔了〕

[63]郡山城天守台&柳澤神社へ向かうお堀傍にて

[64]郡山城天守台案内看板前にて
                  
[65]郡山城天守台前にて

[66]郡山城天守台にて1
                  
[67]同上2


【後記】04月17日の日帰りdrive旅行は、一生モノの記念になる旅行だった。
 観心寺の【国宝】如意輪観世音菩薩坐像は、昔からずっと拝顔したかった仏像で、その願いが叶って嬉しさも一入(ひとしお)だった。
 小生、坐像を拝顔した時、初恋のひとに再会した様に「ときめき」を感じた。
 そして、今井・寺内町は、室町時代から江戸時代の旧き良き日本の街を眼前にして胸が熱くなるモノを感じた。
  【重文】の「高木家」「米谷家」「今西家」「豊田家」や、「称念寺」を巡っているうちに、日本人が歩んで来た歴史の厚みを実感した。
 環濠集落と言えば、2016年4月24日付【時習26回3−7の会0597】にて、時習26回生同期の中嶋君【3-2】と谷山君【3-3】等と「04月16~17日:城跡&史跡巡り~初日の行程の一つとして『富田林市寺内町/旧・杉山家』」を訪れたことをお伝えしている。
 http://jishu2637.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/260597110415160.html ←此処をclickして下さい
 今回、今井・寺内町を訪れて、此の街が富田林市寺内町をscaleで大きく上回る素晴らしい歴史的財産であることが解った。

 では、また‥〔了〕
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2018年4月13日金曜日

【時習26回3-7の会 0700】~「松尾芭蕉『猿蓑集 巻之四 春〔第10(=最終)回〕』」「04月07日:『苗木城跡』→『苗木遠山史料館』→『中山道/落合宿・本陣』→『美濃金山城跡』→『満開の花桃』→『虎渓山・永保寺』→『鞍ヶ池アートサロン「春、明日へのいぶき」展』を巡って」

■時節は『清明』。七十二候でいうと、『清明・次候』の「鴻雁北(こうがんきたへかえる)」。
 皆さん、お変わりありませんか? 今泉悟です。今日も【時習26回3-7の会 0700】号をお届けします。

 此の《会報》も2006年01月に開始してついに700回を迎えました。
 12年3カ月の歳月が過ぎたことになる。
 そして、我々の齢も満51歳から始め、今年は愈々63歳になる。正に「歳月人を待たず」だ。
  【2637の会】のmembersの皆さん! 引き続き【時習26回3-7の会】を宜しくお願いします。

 さて、今日最初の話題は、『猿蓑』〔巻之四〕『春』の〔第10回〕目をお届けする。
 今回で、巻之四『春』も最終回となった。


 それでは、発句全118句のうちの最後の第108句~118句についてお伝えするのでご覧下さい。

【 松尾芭蕉『猿蓑』〔巻之四〕『春』〔第9回〕】

   猿蓑集 巻之四



  庚午の歳家を焼て


108 燒(やけ)にけりされども花はちりすまし  加刕北枝

【意】大火があり街は焼けたが、不幸中の幸い、折しも桜は既に散ったあとであった


【解説】元禄3年3月16日夜から翌日にかけて金沢であった大火があったことを踏まえ詠んだ句

109 はなちるや伽藍(がらん)の樞(くるる)(注1)おとし行(ゆく)  凡兆

【意】桜花の散った春の夕暮れ、大伽藍の広い境内の戸を一枚/\当番の僧が閉めていく/そのとき樞を落としていく


【解説】―
(注1)樞(くるる):戸締り用に敷居の穴に詰める桟(せん)のこと

110 海棠のはなは滿(みち)たり夜(よる)の月  江戸普船

【意】月明かりの下で海棠の花が爛漫に咲いている/美しい春宵の一情景‥


【解説】―

  大和行脚(あんぎゃ)のとき

111 草臥(くたぶれ)て宿(やど)かる比(ころ)や藤(ふじ)の花  芭蕉



【意】今日も一日歩き疲れた/夕暮れ間近なので旅宿を探していたらゆったりとした雰囲気の薄紫色の藤の花が眼前に見えた
【解説】4月11日、高市郡八木の旅宿での吟


「ほとゝぎす宿かる頃や藤の花」(元禄元年04月25日付/猿雖(えんすい)宛芭蕉書簡)が初案で、季語「ほとゝぎす」で夏の句であったもの
 藤の花が暮春の夕暮れのもの憂さの象徴であるかの様に薄紫色に垂れている
 徒然草第十九段に、藤の花は「おぼつかなきさま」をしているとあるが、芭蕉も猿雖宛書簡に其の事を述べている
 この「覚束なさ」は、芭蕉にとっては旅情の「寄る辺(べ)なさ」でもあった

112 山鳥(やまどり)や躑躅(つつじ)よけ行(ゆく)尾(を)のひねり  探丸

【意】美しい尾長の山鳥が上手に尾羽を操ってツツジの樹林の中を歩いていくヨ


【解説】―

113 やまつゝじ海に見よとや夕日影(ゆうふひかげ)  智月

【意】湖畔の山に咲いているツツジの花が夕日に真っ赤に染まっている/


 その美しい姿が湖面に映り、山より海(=湖面)に映った姿を見よと言っている/実に鮮やかな景色である
【解説】―

114 兎角(とかく)して卯花(うのはな)つぼむ弥生(やよひ)哉  山川

【意】かくして卯の花が散り弥生三月も過ぎていく/春ももう終わりだ


【解説】―

115 鷽(うそ)(注1)の聲(こゑ)きゝそめてより山路(やまぢ)かな  伊賀式之

【意】鷽の声が聴こえた辺りから道が山路らしくなって来た


【解説】―
(注1)鷽(うそ):スズメ目アトリ科の鳥/頭は黒、背は青灰色/腹は灰色/
 雄のほおはバラ色/日本では本州中部以北で繁殖し、冬は暖地に渡るものが多い/
 和名は、ヒーホーと口笛を吹くように鳴く処から、口笛を意味する古語「うそ」に由来する
  「鷽鳥は山林にすむ鳥にして、声と色とを賞せらる/されば此鳥囀る頃こそ、山路の旅行、余寒も去りて暖和なるに霞分け行さま、実に山中旅寝の時節になりたりといふ意にして、言外に味ふべし」と『猿蓑さがし』にある

  木曾塚(きそづか)(注1)

116 其(その)春の石ともならず木曾の馬  乙刕



【意】武士の墓には、傅(かしず)く石の馬があるものだが、木曽義仲の墓にはその石の馬さえなく不憫である
【解説】―


(注1)木曾塚:大津義仲寺境内の木曽義仲の墓

117 春の夜はたれか初瀬(注1)の堂籠(だうごもり)  曾良

【意】大和国泊瀬山長谷寺の観音堂に春の此の夜を誰やらが籠っている‥/


 大きな御堂の黒い影から香烟がゆるく流れて来る‥
【解説】元禄04年、曾良が大和行脚した時の作/
  『笈の小文』にある芭蕉の句「春の夜や籠(こも)り人ゆかし堂の隅」と等類/
 故に「再案して曾良に与へ給ふにや/誰かといふ所にゆかしの意あるべし」(猿蓑さがし)とある様に、芭蕉は自句を捨てて此の句を『猿蓑』に収めたものとみられる
(注1)初瀬:長谷寺のこと

  望湖水惜春(‥湖水を望み春を惜む‥)

118 行春を近江の人とおしみける  芭蕉



【意】琵琶湖のある近江の国の春の美しさを近江の人たちと過ごし、行く春を近江の人たちと惜しんだ/
【解説】此の句からは、実に充実した日々を過ごすことが出来たという、芭蕉の満足感が伝わって来る


 元禄3年3月 芭蕉47歳の時の作/
  『去来抄』にはこの句について次ぎのようにある/
  「先師曰く、「尚白」が難に、近江は丹波にも、行く春は行く歳にも振るべし、といへり。汝いかが聞き侍るや。」
 去来曰く、「尚白が難あたらず。湖水朦朧として、春を惜しむに便有るべし
 殊に今日の上に侍る。」と申す
 先師曰く、「しかり。古人も此の国に春を愛すること、をさをさ都におとらざるものを。」
 去来曰く、「此の一言心に徹す。行く歳近江にゐ給はば、いかでか此の感ましまさむ
 行く春丹波にいまさば、本より此の情うかぶまじ
 風光の人を感動せしむること、真なるかな。」と申す
 先師曰く、「汝は去来、共に風雅を語るべきものなり。」と殊更に悦び給ひけり」

※   ※ ※ ※ ※

 去来が尚白の「近江は丹波でもいい」「行く春は行く歳でもいい」との評を一蹴して、「近江の人々」と「近江の琵琶湖」で「春を惜しむ」から此の句が意味を成すのだと述べた
 芭蕉は、去来がこう述べたことをたいそう喜んだという
 更に言えば、芭蕉は此の句をつくる前提として「琵琶湖の春」を詠んだ多くの古歌が彼の脳裏に沢山あったと思われる
 琵琶湖のある近江の国の春の美しさを近江の人たちと過ごし、行く春を近江の人たちと惜しんだ時詠んだ句‥と昔より評価が高い傑作である
 因みに、上五の初案は「行春や」であった

【小生comment】
 今回で、松尾芭蕉『猿蓑/巻之四』は完結した。

 次回以降は、同じく芭蕉の『猿蓑/巻之五〔冬・夏・秋・春〕』から、今回も順番を入れ替えて今の時節に合わせ「春」をお届けしたい。
 お楽しみに!

■続いての話題は、04月07日(土)に『苗木城跡』→『苗木遠山史料館』→『中山道/落合宿・本陣』→『美濃金山城跡』→『満開の花桃』→『虎渓山・永保寺』→『鞍ヶ池アートサロン「明日へのいぶき」展』と巡って来たことについてご報告する。
 
07時05分 拙宅発→〔豊川IC→東名→東海環状→土岐JCT→中央自動車→中津川IC/134㎞ 2時間〕→

09時05分 苗木城跡 駐車場着
10時12分 苗木遠山史料館着

 苗木遠山氏は、10,021石の江戸幕府下 最小の城持ち大名として有名。
 江戸時代末期、大名の最小石高 1万石の藩は53藩あったが、苗木遠山氏以外の52藩の藩庁は城ではなく、陣屋という屋敷であった。



[01]苗木城跡の駐車場から本丸へ向かう途中で見つけたミツバツツジの前にて

[02]苗木城跡天守台を遠望して

                  
[03]苗木城跡本丸から眼下に木曽川を遠望する〔‥赤い散椿が風趣があっていい‥〕

[04]中津川市苗木遠山史料館の脇にある苗木城跡の看板前にて
                  
[05]中津川市苗木遠山史料館外観


10時40分 苗木遠山史料館発→〔一般道〕→
10時55分 落合宿 本陣着



 落合宿 本陣の入口でロケがあった。聴いてみたら、NHKの取材だそうだ

[06]落合宿・本陣外観


                  
[07]落合宿本陣入口にて

[08]NHKのロケ取材中のscene
                  
[09]落合宿・本陣の内部


11時15分 同所発→〔中津川IC→中央自動車→土岐JCT→東海環状→可児御嵩IC/57㎞ 50分 〕→
12時20分 美濃金山城跡 駐車場着→〔徒歩〕→
12時37分 美濃金山城跡 本丸着

 美濃金山城は、1537(天文06)年 斎藤道三(1494(?)-1556)の命で猶子 斎藤正義が築城。
 1565(永禄08)年 織田信長(1534-82)配下の森可成(よしなり(1523-70))が城主となった。


 森可成の息子に森長可(1558-84)や森成利(蘭丸(1565-82))等がいるが、彼等の多くは戦死。
 森可成の六男 森忠政(1570-1634)が森氏の命脈を保ち、信濃国川中島藩(13万7,500石)→美作国津山藩(18万6,500石)→播磨国赤穂藩(2万石)→明治維新に至る。
 
[10]可児市観光交流館内部にて
                  
[11]金山城跡本丸石碑前にて

[12]美濃金山城‥興亡の歴史‥解説板‥
                  

12時55分 美濃金山城跡発→〔一般道〕→
13時08分 花桃満開の道路脇にて



[13]満開の花桃の樹林の前にて1

[14]同上2

                  
[15]同上3

[16]綺麗な花桃1
                  
[17]同上2

[18]同上3
                  

【前書】美濃金山城跡を後にして虎渓山 永保寺に向かう途上で、道路脇に花桃が爛漫に咲いていた。
 感動して車を停めて撮影した。
 そして、其の時の感動を拙句にしてみた。

  花桃や 此れぞ現世の 桃源郷  悟空

13時20分 花桃満開の道路脇発→〔可児御嵩IC→東海環状→土岐JCT→中央自動車→多治見IC/12㎞ 25分〕→

13時50分 虎渓山 永保寺 着



 永保寺は、1314(正和03)年 京都五山第1位 天龍寺 開基の夢窓疎石(1275-1351)が虎渓山に観音堂【国宝】を建立。
 永保寺は、夢窓疎石の開創、彼と共に高峰顕日(こうほうけんぴ(1241-1326))に師事した元翁本元(げんのうほんげん(1282-1332))を開山とする。



[19]永保寺【国宝】観音堂前にて

[20]同上2

                  
[21]永保寺の銀杏の前にて

[22]永保寺【国宝】開山堂
                  
[23]永保寺【国宝】開山堂・観音堂の解説

[24]永保寺の際を流れる庄内川の支流「土岐川」
                  

14時30分 虎渓山 永保寺 発→〔多治見IC→中央自動車→土岐JCT→東海環状→鞍ヶ池SA(ETC IC)/45㎞ 35分〕→
15時05分 トヨタ鞍ヶ池記念館/鞍ヶ池アートサロン着『春、明日へのいぶき』展

 本企画展は、過日ご紹介済だが、「いいものはいい」ので今日もお示しする。

[25]トヨタ鞍ヶ池記念館外観



[26]鞍ヶ池アートサロン入口近くにて
                  
[27]本展leaflet・出品目録・プレゼントされたpostcard 2枚・栞1枚

[28] アルフレッド・シスレー(1839-99)『春の朝・ロワンの運河』1897年
                  
[29] 萬鐡五郎(1839-99)『春』1912年

[30] カミーユ・ピサロ(1830-1903)『春』1912年
                  
[31] 藤島武二 (1867-1943)又(1867-1943)『鳥羽の海』1930年

[32] モーリス・ド・モーリス(モリス)・ド・ヴラマンク(仏:Maurice de Vlaminck 1876-1958)『花瓶の花』1930年代
                  
[33]トヨタ創業展示室内1

[34]同上2
                  

15時40分 同所発→〔鞍ヶ池SA(ETC IC)〕→
16時45分 帰宅着
14時30分 同所発→〔多治見IC→中央自動車→土岐JCT→東海環状→鞍ヶ池SA(ETC IC)/45㎞ 35分〕→
15時05分 トヨタ鞍ヶ池記念館/鞍ヶ池アートサロン着
15時40分 同所発→〔鞍ヶ池SA(ETC IC)〕→
16時45分 帰宅

【小生comment】
 現代日本のマチュピチュとも云われる「苗木城跡」、中山道の宿場町「落合宿・本陣」、戦国大名可成の居城「美濃金山城跡」、無双国師が開創の「虎渓山・永保寺」の史跡群のいずれもが良かった。

 又、美濃金山城跡から永保寺へ行く途上で偶然見つけた花桃の桃源郷の様に美しい樹林も素晴らしかったし、トヨタ鞍ヶ池記念館内にある鞍ヶ池アートサロンの「『春、明日へのいぶき』展の名画の数々も感動的だった。
 史跡名勝に歴史の出来事に思いを遣り、名画の様に美しい自然の風景や、名画が奏でる美しさに感動する‥
 こうして「ときめき」を感じ続けて、元気に明るく生きて行きたい。

【後記】お別れは、04月01日の18時00分から豊橋市佐藤3丁目にあるカフェ・アコーディアナにて開催された、中学校時代の同期生 富安秀行君のライブを聴いて来た時撮影した snapshots 4枚をご紹介してお別れする。


 富安君の曲は、人膚の温もりが伝わって来てとっても魅力的で聴き易く、小生は大好きだ。

[35]会場となったカフェ・アコーディアナ入口

[36]冨安君と、共演者でaccordion奏者の田ノ岡三郎さんの演奏

                  
[37]冨安君と、中学時代の一年後輩の原田君とのsnapshot

[38]ライブのencore曲 コーヒールンバを演奏するアコーディアナのownerを挟んで冨安君と田ノ岡さん
                  

 では、また‥〔了〕
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